「蜜室」=有罪は本当にやむを得ない判決?
〜松文館わいせつコミック裁判に関するFAQ〜


漫画でも「わいせつ」にかわりはないのではないか?
175条に抵触する罪としての法律用語「わいせつ」と、一般用語の「わいせつ」は別のものです。裁判所は戦前からの定義として、一般用語の「わいせつ」すなわちエロメディア全般のなかで、
1.徒に性欲を興奮又は刺激せしめ
2.普通人の正常な性的羞恥心を害し
3.善良な性的道義観念に反する

ものを国は取り締まるべきであるとしています。

このなかでポイントとなるであろう部分は「徒(いたずら)に」「普通人の正常な」「善良な」の部分です。これらのあいまいな用語が何を指し示すのか、何が「徒」で何が「正常」で、何が「善良」かを計る基準は「一般社会において行われている良識すなわち社会通念」であるとしています。(チャタレイ判決)

言い換えるなら、社会全体の雰囲気として、それが「性欲興奮させすぎ」「恥ずかしすぎて直視できない」「反社会的反道徳的で許せない」という合意が無いものは「わいせつ罪」にはあたらない、ということです。
上記のような漫画が実在するなら、それは当然わいせつ罪にあたります。ですが、どこにでもあるごく普通のエロ漫画でしかない「蜜室」が、異常に性欲興奮させ、直視できないほど恥ずかしく、反社会的で許されない、犯罪に相当するような漫画だったのでしょうか?
反社会的かどうかは読んでみなければ解らないという意見もあります。ここで一点、刑法175条の問題点をあげるとすれば、発禁処分にすることで一般の目から隔離してしまい、結果として議論すら成立しなくなってしまうと言う点です。

「蜜室」は無修正だったので捕まっただけでは?

「蜜室」は40%の網掛けがされています。これは雑誌「姫盗人」掲載時より10%薄いものの、出版当時の業界ではほぼ一般的な水準でした。


修正してあっても性器部分が見えたら捕まるのはやむを得ないのでは?
警視庁の取締基準では性器部分の露出の有り無しをもって判断がされ、摘発が行われています。しかし裁判所の基準では性器露出の有り無しは基準ではありません。
刑事告訴された被告の裁判での有罪率が9割を越えるなかで、「わいせつ罪」に関しても警察独自の基準が罪を規定してしまっているだけです。
仮に、警察の摘発基準を「公正なもの」とするとしても、今日、ヘアヌード写真集が公然と出版され、インターネットで海外の無修正画像が閲覧可能になり、比例して漫画表現の表現も開放的になっている中で、「漫画初のわいせつ罪適用」が、警察OB国会議員による投書によって始まり、杜撰な捜査によって検挙され、無内容で自壊した立証が試みられたことからも、その「公正」であるはずの警察機能すら適切に機能していないのではないかと疑問を抱かせるに充分です。

氾濫する性情報には一定の線引きが必要ではないか?
仮に線引きが必要だとしても、線を引く場所が間違っています。警察は「出る杭を打った」のではなく、国会議員がオーダーした特定の対象を、他をかきわけて選別し、つまみあげました。
これを「線引き」とはいいません。

「蜜室」を密告したのは同業者だった?
事件の発端は、高校生の息子を持つ親が自宅で「蜜室」を発見し、「青少年をターゲットにしているのは明白で悪質、性犯罪を誘発する」といった内容の投書を、警察OBの自民党代議士平沢勝栄に投書したことにはじまります。平成14年8月12日、平沢議員はこれを警視庁生活安全部へ転送し、わずか14日後に捜査開始、同年10月10日に逮捕がされています。
同年4月の「蜜室」出版から4ヶ月も経過した後の投書によって、2ヶ月もしないうちの逮捕ですから、警察OB議員による何らかの影響力があったと考えることが自然です。
一時期、同業者の密告説が流れましたが、現在事実関係は確認されていません。


松文館は出版業界団体に参加していないから摘発された?
出版倫理懇話会が警察の要望で発足したことは事実です。
しかし、上記のような経過からすれば、仮に出版業界団体に加入していたとしても摘発は免れられなかったと考えられます。また、公判には検察側証人として出版倫理懇話会の会長が召喚されていますが、彼は一貫して弁護側の主張を補強する証言を行なっています。

これは漫画の弾圧のはじまりなのか?
そうだとも言えますし、そうでないとも言えます。
まず、高校生が思春期の性的好奇心から「蜜室」を購入し、それを見つけた父親が子供を乱れた社会から守り健全に育てたいという思いから国会議員へと投書し、国会議員は有権者の期待に答えるべく出身官庁である警視庁に転送し、警視庁保安課の職員はOB議員の顔を立てるために「蜜室」を摘発し、検察は警察が書類送検してきた犯人を職業的義務感からなにがなんでも有罪にすべく立証を試みています。
おそらく、彼らには「検閲を復活させよう」とか「エロ漫画を滅ぼそう」というつもりなど毛頭なかったはずです。だれ一人意図しない事態が、無責任や無理解の連鎖によって進行し、ここまで来てしまった、と言うべきではないでしょうか。

この「連鎖」が続いたとしたら、つまり政治家を通して密告することが今後も続けられたり警察が今回の判決を基準として取締りをはじめたりしたら…。摘発に戦々恐々とする出版社と漫画家が局部修正の範囲だけでなく作品のストーリーや絵のレイアウトに至るまで「自主規制」をはじめたとしたら…。
それはエロ漫画だけでなく、漫画文化そのもの衰亡につながると言えます。
その不幸な連鎖を断ち切る大きなチャンスが今回の裁判だったのですが、裁判長は大局を見据えることなく小役人的前例主義に逃亡しました。 また、ほとんどのマスコミも真実を伝える義務を放棄しています。
今も連鎖はつづいています。


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