控訴審 証人ちばてつや
 


弁護人:弁護人の岡本からお訪ねします。事実取り調べ請求書添付、プロフィールを示す。証人の経歴はこのプロフィールに書かれている通りで間違いありませんか?
証人:間違いありません。

弁護人:証人は、 文星芸術大学の教授に四月一日から就任される予定ですね?
証人:はい。

弁護人:ここの美術学部に、マンガ専攻コースというのができるらしいんですが、なぜ美術学部にマンガ専攻コースができたんでしょうか?
証人:マンガというのは世界中の国の子供たちが読んでいるものですが、ただ、日本では、日本でも戦前戦後はそうでしたが、非常にその、いろんなジャンルが増えたというか、マンガの発展の仕方が世界とは違った形で、いろんなジャンルのものが増えてきました。子供だけが読むものではなくて、女の子が専門に読むもの、あるいは青少年が読むもの、最近では大人が読むもの、これからは老人が読むものも出るんじゃないかというぐらい広がりが見えて、それと同時に、そのアニメーションが発達して世界中で鑑賞されるようになっています。

弁護人:あのー、大人向けのもので、様々なジャンルがあるとのことなのですが、例を挙げるとどのようなものが現在マンガで書かれているんでしょうか。
証人:えーと、そうですね。いままではその少年物ばっかりだったんですが、成人コミック、それから不倫コミックがそうですね。いわゆる平均年齢が50歳60歳の人たちが読む、内容は、そうですね、、人生を語ったり、それから歴史を語ったり、いろんな表現がされているんです。

弁護人: 経済とか哲学に関するようなマンガまで出ているんですね?
証人:はいそうです。

弁護人: マンガ表現の起源というのはどのような形で起こったものなのでしょうか?
証人:最近の発達の仕方は、戦後まもなくからいろんな発達をしたんですが、日本の歴史を考えますと、やっぱり鳥獣戯画に発祥するんじゃないかと思います。

弁護人: 国宝鳥獣戯画、甲の巻、蛙の相撲の図示す。ここでですね、蛙が何やら喋っている、あるいはまじないをいっているということが解りますね。
証人:はい。

弁護人: なぜ喋っているということが解るんでしょう?
証人:これはあのう、蛙のところに煙みたいなものが描いてありますね。これはマンガのフキダシのいちばん大元だったんじゃないかと思います。

弁護人:国宝源氏物語絵巻第一葉、並びに詞書、示す。えーと、祈りの場面ですけど、絵と詞書が別々に書かれていますね?
証人:はい。

弁護人: そうすると、マンガというのは、絵物語のように、絵と言葉の集合体というものとはちょっとちがう表現媒体というふうに理解してよいのでしょうか?
証人:そうですね、にてますけど違いますね。

弁護人: マンガの場合は楕円の中にセリフなどが書き込まれるという特質があるわけですね?
証人:はいそうです。

弁護人: その他効果線で動きを表すという技法もマンガに特有なものですね?
証人:はいそうです。はい。

弁護人: 戦後、マンガは文化の発展にどんな形で寄与してきたのですか?
証人:マンガは、昔はいろんな娯楽がなかったですから、ラジオも無かったテレビも無かった、そんな時代ですから、マンガを子供たちが買って読んで楽しむ。マンガの中のいろんなヒーローが出てきたり、そういったマンガを見て、勇気を与えられたり、それからこういう生き方をしてみたいとおもったり、そういった意味で、子供たちの情操教育に非常に関与してきたと思います。

弁護人: 文化のすそ野を広げたと?
証人:はい。

弁護人: あの、相変らずマンガは子供向けの媒体ではないかというイメージが根強く残っているように思われるのですが、現在は証人がいわれたように、対象者も広がっているし、描く内容も広がっているんですね?
証人:はい。まあその、どんな表現媒体にしても、映画でもそうですし小説もそうですし、なんでもそうですけど、1つの文化が大きく広がるときはいろいろな花が咲くんです。いろんな形の花が。例えば可憐なスミレのような花も咲きますし、ヒマワリのような健康的な花も咲きますし、いろんな花が咲くなかで、湿地帯に咲くような、ごく一部の人が楽しむようなもの、すそ野が広がると映画でも何でもそうですけど、必ず文化の1つとしてそういう花が咲くことがあるんです。

弁護人: 現在の日本のマンガ文化は日本国内にとどまっているものなのでしょうか?
証人:えー、いまのいちばん大きいかたちで発信されているのはアニメーションだとおもうんです。だけどその前に日本のマンガというのは日本の子供たちだけじゃなくて、まあ海賊版という形でしたけど、アジアに広く出回るようになりまして、それで今現在アジアの子供たちが日本のマンガを読んで感動して、自分も漫画家になりたいといって漫画家がたくさん出ています。いまのところ発展途上ですから、日本のマンガに似ているマンガがたくさん出ております。

弁護人: 平成14年に証人も関与してそのようなアジアの漫画家が集まるイベントがあったのでしょうか?
証人:はい。3年前に横浜でアジアマンガサミットというイベントがありました。

弁護人: 参加は何カ国ぐらいだったんでしょうか。
証人:えーと、作品を出品したり、それから漫画家たちが参加したというのが8カ国ぐらいだったと思います。あとアメリカだとかフランスだとかドイツだとかいろんな西洋からもゲストとして漫画家たち、それから出版社も参加しました。

弁護人: 政府もコンテンツ産業を基幹産業にしようと考えているようですけれど、日本のアニメーションは世界にどの程度普及しているのでしょうか?
証人:はっきりしたデータは解りませんけど、このあいだ調べたところによりますと、世界中の子供たちが見ているアニメーションのうち、日本の作品が80%近くになると聞きました。

弁護人: そのアニメーションとマンガは共通性があるんでしょうか?
証人:アニメーションが日本の文化として大きく発達したのはその根底にマンガがあったとおもいます。マンガが雑誌に発表されて、それを読んだ子供たちがそれが面白いということで人気が出たりすると、アニメーションの会社がそのキャラクターを使ってアニメーションをつくる。そのアニメーションを毎週放映するというかたちでアニメーションはすごくひろがりまして。それだけではなくて最初からアニメーションのために作った作品もありますけど、マンガが関与してマンガを元に作ったアニメーションは非常に多いと思います。

弁護人: ところで、今回問題となっている「蜜室」という成人向けコミックスをごらんになったことはありますか?
証人:はいあります。

弁護人:えー、この本なんですけども、マンガが性をテーマにするという点についてどうおもわれますか?
証人:マンガが子供のものと規定した場合、そういった場合は問題だったと思いますけども、今マンガというものは大人も読みますし、いろんな年齢の人がいろんな楽しみ方をするという意味では、人間の営みの1つですから、人間のドラマを描こうとするとどうしてもそういう男女の愛やセックスやなんかも表現しなくてはならないということもかならずあると思います。

弁護人: 摘発に際して、「蜜室」の描写が露骨詳細で生々しすぎるというような指摘がなされたんですが、その点について先生はどうおもわれますか?
証人:…やっぱり、僕が見ても露骨だと思いますし、生々しいとも思います。私も子供がいますから、子供には見せたくないと、そういう世界だと思います。ただ、子供が成人したということになると、それはそういう世界の趣味があると思いますし、読むこともあるとおもいます。

弁護人: 大人が読むぶんには趣味の問題と?
証人:そうですね。

弁護人: 一審判決が出たあと、「蜜室」がどんな販売方法で販売されているかどうか、先生ご自身が調べられたことがありますか?
証人:私は表現の自由のことが前から気になっていたものですから、成人コミックがどのように売られているのかなということは非常に気になったところでしたので、ちょっとじぶんなりにしらべました。

弁護人: そうすると、どのような販売方法がなされていたんでしょうか?
証人:一応、店員がいるところで、成人コーナーなどに区分けされていて、しかも子供に手が届かない高さで、それにビニールでかぶせてありまして開けようと思っても開けられない、それで「成人コミック」とかいう黄色い札が確か張ってあったと思いますけども明らかにこれは成人が鑑賞するものということで区分けしてあったのを見ております。

弁護人: ちょっと「蜜室」の絵を見ていただきます。総ページ数で54ページ、「カーニバルカーニバル」という作品、ここで描かれている描写技術について先生はどのようにお感じになられますか?
証人:私はこういう絵を描いたことがないのですが、非常に難しい構図というか、相当デッサン力がないと描けないのではないかとおもいます。

弁護人: もともと人間が絡み合った姿勢を描くこと自体が相当難しいものなんでしょうか?
証人:そうですね。私はよくスポーツマンガを描きますんで、相撲のマンガを描いたことがありますが、お相撲さんが土俵の上で絡み合うというか四つに組んだりすると、ちょっとどっちかの手がデッサンが狂って長かったり短かったり、あるいは頭の位置がおかしかったりすると非常にぎこちなくなるんですね。そういう意味では非常に苦労したことを憶えています。

弁護人: デッサンの練習の歳に先輩から何か言われるというようなことがありませんでしたか?
証人:ああそうですね。昔の絵描きさんはそういわれたみたいですけども、私も漫画家になりたての頃は人の体がうまく描けないでいたときに、「春画を描きなさい」と、そういう男女の絡みを描くと腕が上がるよと言われたんで、私も描いた事があります。とても難しかったですね。

弁護人:先生ご自身が性に関する絵が描けなくて困ったとかいう職業上の体験をしたことがありますか?
証人:そうですね。あまりでてこないんですけども、事の成り行きで男女の心の高揚をずーっと描いていてですね、環境問題を扱った作品なんですけど、それには人間が出てきますから、それがだんだん愛情を感じて、ふと気持ちが高揚して自然にキスしていくマンガを描いた事があります。

弁護人: 後に「誌外戦」に収録された「と僕はおもいます」という作品の中で引用されているキスシーンを示します。15ページから16ページにわたって描かれていますけど、このキスシーンを描くに際して、先生はどのようなご苦労をされたのでしょうか?
証人:お相撲さんの四つに組むのと一緒で、顔の大きさがちょっと違うとおかしいし、ずいぶん書き直し書き直し描いたとおもいます。こういうことを不慣れなせいもあるんでしょうけど、普通1ページ1時間ぐらいでかけるんですけど、3時間か4時間ぐらいかかって、編集の人に迷惑をかけたのを思い出します。

弁護人:さっき見ていただいた「蜜室」の性描写なんですけども、一審で検察官のほうから「何もここまで描かなくても、なぜここまで生々しく描く必要があるのか」と言うようなことを繰り返し聞かれたんですけど、その点について先生はどのように思われますか?
証人:そうですね、私の感覚もそうですね。なにもここまで細かく描くことないじゃないかと思うんですけども、ても、それは表現する漫画家の、絵描きさんの感性なので。こう描きたいと描いてるわけですから執拗にそういうところを描くんだと思います。で、本を買って読む人も、そういうところを見たくて買うんじゃないかなと。

弁護人: 原判決で、「蜜室」について、「描写にあたって性的な刺激の高いリアルな物を描くことを念頭に置いていた」というような指摘があったのですが、性的な刺激は高いと思われましたか?
証人:わたしはもうこの年齢ですから、感覚が鈍いかも知れませんけど、まあ若かったらずいぶん刺激を受けるかも知れません。

弁護人: ところで、線で描いた絵で性的刺激を受けるには、下手な絵では刺激は受けないんですよね?
証人:はい。

弁護人: やはり女性であることが感じ取れる程度に描写されていないと。
証人:そうですね。かわいい、あるいはきれいな、均整のとれた体、そういった表現力があってはじめて悩ましい絵が描ける色っぽい絵が描ける、例えばトイレにいたずら書きの絵がありますけど、あれはただ汚い、汚らわしいというだけです。そういう違いがあると思います。

弁護人: 性的な刺激があるということはその前提として女性の美を描けていなければ刺激に結びつかないということですね。
証人:はい。

弁護人:日本には春画、浮世絵師が描いた男女の性向場面を描いた絵がありましたね。それは現在芸術と評価されていて、一審の段階で私共も書証として提出しているのですが、春画について証人はどのようにお考えになられますか?
証人:えー、むかし、それは江戸自体からずっとそういうものを楽しむというか。例えば娘が嫁に行くときに枕絵としてその絵を持たせたりとか、ひっそりと楽しんでいたのでしょうけど、なんか日本民族には非常におおらかなところがあって、そういうものを絵にしたり版画にしたりして、笑ったり、楽しんだり、また戯画としての表現に使ったりそういったこともあったとおもうんです。ただそれが当時のいががわしいものとしてはあったのですけど、19世紀後半になってから、そういう版画がヨーロッパにつたわって、ゴッホだとかセザンヌだとかピカソだとかが、版画でずいぶん影響を受けていると、近代絵画に大きな影響を与えているということを聞きました。そういう意味で芸術的な意味があると世界中の見方としてあると思います。

弁護人: 河出書房の春画の各ページを見てみますと、一様に性器を誇大に描いたり、本来見えない角度である性器が透視絵のように見えているような構図が多いんですけれども、それも1つの技術だということなんですね。
証人:そうですね。いかにその部分をどう表現するかということに苦労したんだろうなとは感じられます。

弁護人: しかし、「蜜室」はあくまでも絵で、しかも線画で写真ではないんですが、写真が与える性の刺激とマンガが与える性の刺激は多少違うものなのでしょうか?
証人:そうですね。マンガの場合はコマで動かして表現します。それからストーリーがあります。行間というか、絵で描いてある以外の部分を想像しながら見るということがあるとおもいます。

弁護人: 先ほどの鳥獣戯画もそうですが、蛙と兎が相撲をとるということは本来ありえないことですね?
証人:はい。

弁護人: そのようなありえないことをあるように見せてつくるストーリーが割と多いと思うんですけど、そういう虚構性をもっているということが、性の刺激が強くなるとかよわくなるとかいう関係では、どのようにお考えでしょうか?
証人:…わかりませんけども、たぶん、そういうマンガを描く人、社会や人間の業だとか、悲しさだとかそういったものを描こうとしたいんじゃないかなと、そういうドラマなんじゃないかなとおもいます。

弁護人: 「蜜室」の性描写を、一審判決は「暴力的」「嗜虐的」「反道徳的」であるというふうに断定しているのですが、この「反道徳的」な題材を取り上げているという点についてどう思われますか?
証人:なにが反道徳的かどうかは解りませんけど…人間が持っている側面なんですね。人間は大人になればセックスをすることもあるし、それから反道徳的なことをすることもあるし、嗜虐的になることもあるし。それが人間の悲しさだとか、人間が生きていくことの真の姿なので、そういったいろんなドラマが生まれるんだろうと。そういったドラマを描きたくてマンガを描くんだと思います。

弁護人:反道徳的な表現を規制すると、表現自体にどのような影響を及ぼすと思いますか?
証人:反道徳的なのも人間の一部ですから、そういうものを描いてはいけないと、流れを断ち切ってしまうと、さっきの花の例でも、いろんな花を咲かせ、いろんな芽を育むわけですね。広い大きな土壌で伸び伸びと描かせてはじめてマンガの文化というのは大きく育つのですが、この表現はいけない、ここは描いてはいけないということで、その芽を切ってしまうと、木そのものが元気が無くなってしまう、そういう恐れを感じます。日本民族は伸び伸びとおおらかななかで文化を育ててきた、これからもそれを芽を摘むことなく育てていきたいです。

弁護人: 今日ご出廷いただいている「蜜室」という事件では、マンガの著者と編集者、それから出版した社長が逮捕されて、そのうち社長が正式裁判にかかっているのですが、その経過は報道などでご存知でしょうか?
証人:はい。

弁護人: 1審判決で懲役1年、執行猶予3年という判決が出たんですが、判決を聞かれたとき証人はどのようにお感じになりましたか?
証人:ええと、十何年だか前に、「悪書追放運動」というのがありまして、マンガが子供に悪い影響を与えるということで、確か手塚治虫さんが性教育のマンガを描いたんだと思いますけども、大阪のお母さん達が立ち上がって、悪書追放ということで広場でマンガを集めて火をつけたりしていたんです。それは僕は、お母さんたちが、そういうふうに思ったのは当然だと思うし、そういう運動はいいと思います。…ただそれを上から、「描いてはいけない」「この本は禁書にする」というのはちょっとやってほしくない。それはお母さんたち、一般の国民に任せて欲しいんです。そういうものが嫌だということになれば、自然にそれは売れなくなるし、お母さんたちがこれはいらないと、お母さんに限らず読者がこんなものは日本にはいらないということになれば自然に消滅していくので、自然淘汰に任せて欲しいなと。いうふうに思います。

弁護人: いま証人がおっしゃられた考えをマンガに描かれたことがありますか?
証人:はい。大阪の悪書追放運動の時に、そういう話を書いた事があります。

弁護人: 弁17号証の「誌外戦」に収録された「と僕は思います」という作品を示します。これは93年に描かれたものですね?
はいそうです。
証人:はい。

弁護人:先ほど上から禁書にするということがよくないというようなことをおっしゃられましたが、上からというのは権力がという意味ですか?
証人:いや、誰にしてもですね。そういうのを止める権利を持った人がこれがいいわるいというのを決めるのがよくないということです。

弁護人: いまの「と僕は思います」のなかで、17ページから19ページまでにかけて、明日のジョーの力石と矢吹ジョーのタイトルマッチのシーンが描かれていますね。
証人:はい。

弁護人: これは血が飛び散って残酷に見えるのですが、こういう残酷な絵を何のために描かれたんでしょうか?
検察官:あの、異議があります。残酷かどうかっていうのは…

弁護人: ああ、はいはい。なぜ血しぶきが飛んでいるような絵を描かれたんでしょうか?
証人:ええと、二人のなれ初めとか、それまでの二人の間にあるドラマだとか、そういったものの果てに、リングの中で戦うことになったのですけど、その戦うために、ものすごい練習をするわけですね。友情もあるし、いろんなところで人間のドラマを描いた揚げ句に、リングの上で戦うことになった、そうなると、ここまで描かないと二人の気持ちが表現できないだろうという風な気持ちから自然に、僕は。普段僕は絶対に血しぶきだとかはマンガには描くまいと決めてたんですけどね、この作品に関しては、半分大人になっている若者のドラマですから、必然的に、自然にこういうシーンを描いてしまった。ここだけ見ると非常に残酷ですけども、前から読んでくれると、こうなるのは解ってもらえると思います。

弁護人: 19ページに「グワシャー」という音が描かれている。そういうときに作家としてはどういう気持ちで描いておられるのですか?
証人:主人公なり脇役なり、ここに出てくる人間は、たとえば殴られたら目がうつろになっています。それからそれをリングの下から息を飲んで見ている観客の気持ちだとか。いちいちそういう気持ちにならないと。生きた表情はかけないと思います。

弁護人: 性の喜びを感じている男女もやはりそんなものなんですか?
証人:そうですね…やはりそういう主人公というか、出てくる人間の気持ちになりながらじゃないと描けないですね。

弁護人: 93年当時はまだ、マンガを描いたために逮捕されるということがあったわけじゃないですね?
証人:はい。

弁護人: で、本件が起こる10年前に先生は「と僕は思います」という作品を描かれた。
証人:はい。

弁護人:で、その中でいちばんいいたかったことはどんなことなんでしょうか?
証人:僕は昭和14年生まれで、戦前戦後はほとんど子供でした。けれども、憲兵っていう存在があった事を未だに心の中に焼き付けられていて忘れられないんですね。非常に怖かったですね。憲兵がいろんなところでいろんなことを、自分たちの判断で、まあ一応規約はあったんでしょうけど、いろんなことを止める、罰する。これはあとで大人になってから解ったんですけど、新聞社で新聞が発行される前に検閲して、この記事はよろしい、この記事は軍を侮辱しているからダメとか、そういう判断で表現をさせなかったり。そうして日本民族は目をふさがれ耳をふさがれて、だんだんと戦争に持っていかれたので、非常にそういう恐れを感じます。

弁護人: 「と僕は思います」の25ページを示します。これが憲兵に検閲を受けている場面ですね。
証人:明日のジョーの血しぶきのシーンで、これは血しぶきが多すぎるんじゃないか、消しなさいとか、キスシーンはストーリーになくてもいいだろうからとりなさいとか言われたのが憲兵とつながって思い出されたんですね。エロだとかグロだとか暴力だとかは人間の本能なのでしょうけど、あの時は小説でしたけども、ああ映画もそうですね、そういうのがたくさん出たことがあるんです。貧しかった国民がそういうのにみんな飛びついて楽しんでいる、そういう時期を見計らって権力者がそのひとつを抑えちゃうんですね。するとみんな「ああいうものが消えてよかったなあ」と思うんですけど、それを何かきっかけとして小説、写真、絵画、音楽、評論、新聞も雑誌もいろんなものが取り締まられるようになっていったんですね。当時子供でしたが、それがずっと尾を引いていて、とても怖いんですね。ですから、成人ものはカンガだけに限らずですが、はっきりと区分けをして、子供たちに見せないように規制を厳しくしてもらうのは構わないと思います。ただ、でき上がった本を見て、ここまでは描いてはいけない、ここまでは描いてよしという基準はもてないと思いますので、そういうものは読者というか庶民の感覚に任せて欲しいし自然淘汰に任せて欲しいなと思います。

弁護人:先生ご自身も満州で敗戦を迎えられて、関東軍に取り残されたんですよね。
証人:はいそうです。

弁護人: 先ほど、子供に見せない規制というのは、ゾーニングということですね。
証人:はい。

弁護人: 93年当時はマンガを描いていて警察に逮捕されるということは考えましたでしょうか?
証人:全然考えてもいなかったです。

弁護人: 考えていないけど不買運動がおこったときに、そういうふうなことがあってはいけないとおもって「と僕は思います」を描いた?
証人:そういう取り締まりができそうな雰囲気があったので、お母さんたちが校庭でマンガを燃やすのはいい、ただ発禁にしたりするのはしないで欲しいということです。

弁護人: 弁護側からは以上です。

※尚、このレポートはメモ及び記憶を元に作成されており、あくまで公判のイメージを伝えるためのものですので、多少の記述の食い違いは御容赦ください。
※転載は自由です。
※制作は児ポ法改悪阻止青環法粉砕実行委員会が行なっています。 また、制作に当たり匿名の方の協力をいただきました。

 
 



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