第2回公判 検察側による証人尋問
〜その1〜

○ 証人、長嶋氏への検察側による主尋問。

2月5日午後1時15分、当初予定されていた開廷時刻より15分ほど早く「松文館弾圧」裁判の第2回公判が行われた。今回も多くの傍聴人が詰めかけた為傍聴席は満員になり、定刻に到着した何人かは入廷ができないという事態になる。この種の裁判としては異例とも言える連日の「満員御礼」は、今回の事件が依然として高い注目を浴び続けていることを実証した。

また、今回の裁判では警察官数名が傍聴席に紛れ込み、となりの傍聴席の人物の言動をメモするなど不審な動向を見せていた。

裁判はまず、弁護側からの、起訴状に対する「求釈明」からはじまる。
この「求釈明」とは、文字通り、釈明を求める手続きで、前回検察官が朗読した起訴状が、刑事訴訟法の「訴因を明示するには、できる限り日時、場所及び方法を以て罪となるべき事実を特定してこれをしなければならない」の要件を満たしていないため、弁護側はそれを明らかにするように、具体的には『密室』のどの部分が「わいせつ」にあたるのかを明示するように求めた。
しかしながら、検察官はその必要はないと要求を拒否し、裁判長もそれを認めた為、要求は却下された。

次に被告人(というか殉教者?)の貴志社長と弁護人による意見陳述が行われた。
貴志氏は、冒頭、正面を直視したまま、傍聴席の私たちへ向けて発言する。

被告人:傍聴席の皆さま、私の裁判にこんなに来ていただき、ありがとうございます。まず先にお礼だけ申し上げておきます。ありがとうございました。

すかさず裁判長が制止する。裁判に関係ないことは発言してはいけないのだそうだ。
貴志氏は「はい」とうなずき、ひと呼吸おくと、よどみなく陳述を続ける。

被告人:この裁判で、私がいちばん気にしていることは、今回エロ漫画ということで取り上げられておりますが、これは漫画全体の命運がかかっているような裁判だと私は受け止めています。なぜかといいますと、性愛をテーマに描いたドラマは本当にたくさんあるものですから、一般のコミックにも波及するような問題であると考えております。検察官が起訴状で述べていたことなんですが、男女の性交性戯等を露骨に描写した漫画を全て猥褻図画とするというような表現になっております。もしそのような主張が許されるなら、漫画を作っている出版社に警察が自由に出入りできて逮捕できてしまいます。私たちは漫画を出版していますが、漫画家さんが自由に表現できて自由に出版できるという社会を大事にしないといけないと考えています。それと、司法の方々によって、漫画の表現がどこまで許されるかという、明確なラインを知りたくて、行けるところまでたたかっていきたいと思っております。どうもありがとうございました。

続けて弁護士による意見陳述が行われる。
望月弁護士は、今回の件は憲法で保障された表現の自由に関わるものであるとし、過去の裁判ではこの問題が正しく理解されなかったが、今回は実写でなく今まで例の無い漫画による性表現であることもあり、憲法と刑法175条の関係を問い治す良い契機だと述べた。
山口弁護士は、実写の複製物でありモデルが存在する写真と、モデルが存在しないイメージである絵を混同するのは間違いであるとし、今回の『密室』はどんなにリアルであっても漠然とした概念あるいは記号であって、この記号に欲情することはあり得ないし、それが可能な者がいるとしたら幼少から訓練を受けたオタクだけである、とした。またワイセツ性の概念は社会通念により、その時代社会の捜査機関の放任の程度を基準にすべきであるとした。

そしていよいよ証人尋問がはじまる。
検察側が最初の証人として召還したのは出版倫理懇話会の会長の長嶋氏だった。彼は警察での取り調べで「松文館は倫理懇話会に参加しないアウトローである」と供述しており、検察は彼の口から松文館と『密室』に関する否定的な見解を聞きだし、今回の事件があくまで、アダルト漫画業界の限度を踏み外した「異端」による犯罪であるということを印象づけようとしていたのだ。

証人は証言台に歩み寄り正面を向いて直立する。裁判長は証人に宣誓をするように求めた。
証人は「良心に基づいて真実を述べ、何事も隠さず偽りを述べないことを誓います」と宣誓を行なう。裁判長は証人に「偽証すると罰せられるぞ」と念を押す。
証人が着席すると、検察官が起立して尋問をはじめる。

検察官:証人は有限会社トライアングルフォースの代表取締役をされているということですね?
証人:そうです。
検察官:また出版倫理懇話会の会長をされているということでいいですね?
証人:そうです。
検察官:証人のところで扱われているものにはどのようなものがありますか?
証人:コミックス、雑誌、ビデオ、DVDといったものを制作販売しています。
検察官:コミックスというのは成人コミックスのことですか?
証人:そうです。
検察官:成人コミックスにはどのようなものが掲載されているのですか?
証人:詳しくは解らないのですが、大人向けの、成年マーク、18歳未満には売らないようにしてる大人向け雑誌として販売しております。
検察官:成人コミックスの読者層はどのあたりだと思いますか?
証人:最近は女性も読んでいるようですけども。大人の男性が主だと思うのですけども。
検察官:20歳以上ということですか?
証人:18歳以上です。成年マークをつけて、ビニールパックをして区分陳列してるとおもうんです。アダルトコーナーにおいてある出版物ですね。
検察官:内容としては、性交とか性戯とかが掲載されているのですね?
証人:大人の娯楽誌ですので、あると思います。
検察官:それらのコミックスを発行する際、倫理基準のようなものはありますか?
証人:出版倫理綱領ですね。
検察官:出版倫理懇話会で出している編集倫理規定のようなものですね。
証人:はい。
検察官:出版倫理懇話会というのはどのような団体ですか?
証人:昭和61年に警察からの要請で設立され、都内の大人向け雑誌の出版社35社、八割くらいが加盟する任意団体です。定例会を開きまして、都条例で有害指定図書を回覧して、対応策を討議しています。
検察官:どのような場合に会議をするのですか?
証人:毎月定例会がございまして、東京都の条例で有害指定された場合、その出版物を閲覧して、どの部分が青少年に不適切の指定をうけたかということを、討議して対応策をはなしあうということです。あと出版界にはいろいろな団体がありますから、そちらの方と話し合いをして報告、対応してゆくというようなことも行なっております。
検察官:加盟していない出版社はどのくらいですか?
証人:数社か、10社か、正確な数はわかりません。別の団体に加盟している出版社もあります。

検察官:この懇話会の出版倫理規定では「性器及びそれに関する部位に関しては、露骨な表現はこれを廃しまたは露骨な部位はこれを消去する」と書いてあるのですが、それに関する部位とはどのような場合を指すのですか?
証人:具体的にはわからないのですが、写真とか映像とかの性交場面等ですが、それは編集長の感性に委ねられるものですから。
検察官:同じ文章の中に、露骨な表現はこれを廃すとあるのですが、露骨な表現とはなんですか?
証人:そのとおり、露骨な表現です。
検察官:その露骨な表現とはどのような表現ですか?
証人:それは、その、広げて見せたりとか…それはそれぞれ皆さん受け取り方がちがうのでそれぞれの判断で。
検察官:今述べたようなことが倫理規定の中に盛り込まれているのは、どういう理由からですか?
証人:日本の場合は、性表現が解禁になっていないで、法律に基づいてということです。時代と共にずいぶん変わっていっているとは思うのですが
検察官:倫理綱領には「青少年の健全な保護育成のため性的感情を刺激しまた残虐性を刺激するとおもわれる記事写真画像等は取り扱いに充分注意する」とあるのですが、性感情を刺激する漫画とは、どういうものを指すのですか?
証人:基本的に大人の出版物なので、青少年に向けた出版物では無いと思うんです。青少年の保護という為にも、成年向けマークを付けたり区分陳列をしたりして青少年の手に届かないような配慮をしています。
検察官:性感情を刺激するからですか?
証人:ええ、ですから、大人向けに作っている出版物ですので、青少年の育成保護のためにもマークをつけて区別し、18歳未満の目に触れないようにしています。
検察官:残虐性を刺激する表現とあるのですが、そういう漫画とはどういったものを指すのでしょうか?
証人:例えば、暴力、殺人、過度なレイプとか拷問とかいった表現ですね
検察官:具体的にはどのような自主規制をなさっているのですか?
証人:東京都の有害指定の出版物とか警視庁から猥褻物として摘発されて発禁になった本とかを見まして、こういったものはまずいという申しあわせをしまして、あとは修正等その他は出版社の考え方に任せるという形でやっております。
検察官:懇話会としては、どういう部分を除くというのは、どのような考えでやっていますか?
証人:会としての考え方は、具体的には無いです。会のメンバーそれぞれの考え方でやっておりまます。当然、過去に摘発された出版物等を見まして、それを基準にしながら判断しています。
検察官:最低限決めているルールはあるんですか?例えば、結合部分の消しはこうしようとか…
証人:細かくは各社で判断してもらうということで、会としては具体的には決めていません。
検察官:いずれにしても倫理規定で決めたものを基準にということで?
証人:会社には倫理規定は渡してありますから、過去の判例等で判断してもらうということです。

どうも検察官の「予定」が狂いはじめているのだということが、傍聴席の間でも空気として感じ取れるようになっていた。
検察官は倫理懇話会としての「統一見解」を引きだそうとしているのだが、証人は「最終的な判断は各出版社がおこなう」として譲らなかったのだ。「統一見解」がなければ松文館がどうかという判断は下せない。
埒が明かないと判断したのか、検察官は証人に『密室』を見せ話題を変えてきた。

検察官:今回裁判になっている『蜜室』ですが、内容は確認されていますね?
証人:この前ちょっと見ました。
検察官:読者層はどの当たりだと思いますか?
証人:大学生とか、大人の男性が多いと思いますけど、成人男性ですね。

検察官は、あちこちに付せんを貼った『密室』を手に持ち、証言台へ歩み寄る。そして証人に『蜜室』のP36、P56、P79、P107、P109、P125を順番に閲覧させた。山口弁護士も証人の元へ駆け寄り、手元の漫画を照らしあわせながら内容を確認した。
傍聴席に含み笑いが広がる。
裁判所の証言台に弁護士と検察官と証人が面をつきあわせてエロ漫画の「見せっこ」をしている光景はなかなかシニカルだったからだ。

やがて検察官は自分の席に戻る。

検察官:この描写をみて、どのような印象を持たれましたか?
証人:別にその、大人向けの娯楽として作ってあるので、見た感じでは消しの修正は充分にされているので、配慮はされているなと。
検察官:…描写などの印象はどうですか?
証人:それは受ける感性がそれぞれ違いますので、私はこの業界にいてマヒしているので、特別問題があるとは思いません。
検察官:常識的な言葉で聞くのですが、いやらしい気持ちになりませんでしたか?
証人:ならんですね。

証人があっさりと即答すると、場内から笑いが漏れる。
今日の裁判の流れが完全に変わった瞬間だった。検察側が呼び寄せた証人が、検察の言う「ワイセツ図画」を、いやらしくないと切って捨てたのだ。
検察官は絶句し、目を泳がせる。きっと傍聴席のほぽ全員が彼を見てニヤニヤしていたのだろう。

証人:マヒしてるので、ワイセツという感じはしません。
検察官:ワイセツかどうかではなく、いやらしいという気持ちにならなかったかと
証人:いやらしいというか、絵がうまいなとか、リアル描いてあるなとか。基本的に大人の娯楽ということですから
検察官:これは人前で読めるような内容ですか? 他人が見たら目を背けるようなこともありうるのではないですか?
証人:私は年中そういう出版物を扱ってますから
検察官:一般の人がみたらどうですか?
弁護士:異議有り、検察官は証人が経験しない事実を証言させようとしています。

基本的に「法廷ドラマ」といったらこのセリフ「異議アリ」である。これが見たくて傍聴人は入廷していたといっても過言ではない。
ちなみに的確にツッコミを入れたのは山口弁護士、面目躍如である。

検察官:一般的にどうかということを聞いています。
裁判長:この証人は業界にいて感覚がマヒしていると言っているので、一般的なことはわからないんじゃないですか?

まるでマンガのようなロジックの墓穴を掘った検察官は、裁判長にまで突っ込まれ、言葉を失う。彼は手にした書類に目を走らせながら、何とか言葉をつなごうとする。

検察官:…えー今のような内容はですね、青少年に見せられる内容ですか?
証人:青少年に向けて作ってないと思いますよ。そのためにマークをつけたりとか業界で取り組みをしてるわけです。
検察官:成年マークは付いているわけですが、その後で青少年の手にわたることはないんですか?
証人:そこまでは対処できないので、わかりません。

検察官がようやく見つけ出した次の質問は、大人向けの本の出版社の団体の会長に、18禁表示のある本について「青少年に見せられますか?」と尋ねることだった。
何が聞きたいか解らない。尋問する検察がしどろもどろになってどうする。

検察官:これに関しては、修正は必要ないと考えていますか?
証人:修正してあったように思いますが
検察官:これ以上の修正は必要ないということですか?
証人:それは出版社編集責任者の感覚判断によります。
検察官:出版倫理懇話会としてはどうですか?
証人:今回摘発を受けて、会でも『蜜室』を回覧しました。これが摘発を受けたので、皆さん注意してくださいということで。

証人と検察官との会話はぎこちなく、証人は態度を硬化させている様子だった。改めて確認するが、彼は検察側が召還した証人である。当然、検察に有利な証言を期待していたからなのだが、結果は完全に裏目に出ていた。
すると検察官はすかさず戦術を変えてきた。

検察官:証人は警察官から事情を聞かれたときに、どのように答えたか覚えていますか?

警察で調書を取ったときの内容と今日の裁判所での証言の内容の食い違いを攻撃する手段に出てきたのだ。検察官は苛立っていた。味方をしないならたたき潰してやろうというわけなのだろう。
証人は検察官の意図を読みあぐねてか、しばらく沈黙する。

検察官:局部の網掛が薄く局部が見える状態だと、修正が甘いと言ってませんでしたか?
証人:それは、4〜5年前の基準と比べれば甘いと言うようなことを言いました。
検察官:編集倫理規定からすると、『蜜室』についてはどうなりますか?
証人:漫画ですと、性器に似せて描いているので、イラストではそれが性器であるかどうかはわからないですし…
検察官:前後の描写から男性器女性器とわかるのではないですか?
証人:ですから性器に似せて描いてるのであって…
検察官:読んでいる側は性器だと思って読んでいるのではないですか?
証人:それは人それぞれです。
裁判長:性器を描写しているかどうかわからないということですか?
証人:つまり、写真等では、それは本物の性器なのですが、漫画の場合は本物ではないですね。似せて描いているだけです。
検察官:そうすると、『蜜室』の描写の内容は、全く問題ないと考えるのですか?
証人:そんなことは言っていません。ただ配慮はされていると思います。
検察官:消しの程度はこれで良いということですね
証人:それは私にはわからんです。それぞれの出版社が判断することですから。
検察官:懇談会では、今回の摘発を受けてどうしようとは考えなかったのですか?
証人:摘発受けてすぐだったので動向がよくわからなかったのですが、今まで漫画で摘発されたのが例がなかったので動向を見守ろうということになりました。
検察官:自粛要請書は、どういう目的で出されたのですか?
証人:出版社としては今回の摘発を重く受け止めて同じことが起こっては困るので自粛しようということです。
検察官:『密室』は、「露骨な描写」にあたるんじゃないですか?
弁護士:誘導です。

望月弁護士が立ち上がり異議を唱える。
「法廷ドラマ」の異議の王道と言ったら「誘導尋問」である。いいものが拝めた。来てよかった。

検察官:倫理規定に「露骨な表現はこれを廃しまたは露骨な部位はこれを消去する」と先程示した箇所はその部位に当たりませんか?
証人:全く消去が施されてないわけではないので、修正が全くされていないわけではないので
裁判長:証人は規定の条項に該当するかしないかを答えてください
証人:当たるか、当たらないかということですね、当たる、とは思いますが、修正については個々の出版社に委ねられているということです。
検察官:以上です。

前半は予想外の「造反」という事態にピントのぼけた質問を連発して失笑を買った検察官の失点、その後、戦術を切り替えた検察官が調書の内容との明らかな違いを突いてきたことで、一転して証言があいまいになり、証人が窮地に陥る。そして、最後に、『密室』の表現は倫理規定の「露骨な表現」に該当するという証言を引きだしたところで、検察側の尋問は終わった。
勝負は五分五分に戻っていた。

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※尚、このレポートはメモ及び記憶を元に作成されており、あくまで公判のイメージを伝えるためのものですので、多少の記述の食い違いは御容赦ください。
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※制作は児ポ法改悪阻止青環法粉砕実行委員会が行なっています。 また、制作に当たりAMIの山田一人氏に協力をいただきました。



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