第6回公判 弁護側による証人尋問
〜その2〜

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○検察官と園田氏との問答

休憩を挟んで検察官の側からの反対尋問が行われる。
結果としては先の弁護側主尋問を補完する役割を果たしただけだったのだが、その緊迫したやり取りは非常に興味深いものがあるので、詳細を掲載する。

はじめに登場したのは毎度おなじみの検察官の西村氏。

検察官:検察官西村からお伺いします。先程のお話ですが、漫画自体がわいせつ物にあたらないということですか?
証人:必ずしもそうではなく、内容が問題になりますが、本件の『蜜室』については有害図書として指定されるべきものではないかと思います。
検察官:漫画の中にもわいせつ物にあたるものがあるとのことですが、どのようなものがわいせつ物にあたると考えますか?
証人:例えば、コンピューターグラフィックで、実写と同じように表現できる技術があるわけですが、実写と同じような描写であれば、写真とかビデオ以外でもわいせつという判断を受ける場合もあるだろう。
検察官:写真に近いような漫画ということですか?
証人:そうですね。実写に近いような、極めてリアルに描かれているようなものはわいせつにあたると思います。
検察官:今回の『蜜室』に関してはどう思いますか?
証人:ディフォルメされている部分がありますし、リアリティーに乏しい部分があると判断します。
検察官:リアリティーに乏しい?
証人:はい。
検察官:作者に話を聞いたときに、リアリティーを求めたと証言していたのですが、この程度のものであればリアリティーに欠けるということですか?
証人:そうです。
検察官:先生の考えではリアリティーに欠けるということですけど、中には、リアリティーがあるんじゃないかと考えるかたもいらっしゃるのではないですか?
証人:それはいるかもしれません。いるかもしれませんが、先ほども言いましたように、わいせつの判断は個々人の意識ではなく、個人を越える社会的な意識で判断されるものだと判例も述べていますので、私もその通 りだと思います。ですから、法秩序全体のなかで性規制がどのような仕組みになっているのかということを前提にして、わいせつ規制を考えるべきであろうと。175条が憲法違反であるのか、ポルノを全面 的に解禁しようとかいう考えではありません。
検察官:先程のご証言のなかに、青少年保護の有害図書に規制を受けたようなものは、175条の規制からはずれるのではないかという趣旨のことを言われたと思うのですが、そもそも175条は有害図書も含めて包括的に指定されているという考えもあるのではないかと思うのですが?
証人:「有害」という言葉だけを考えると、わいせつ物は「有害」ということになります。青少年に無害であるはずがない。「有害」という言葉を広い意味で考えますと、わいせつ図画も条例で指定された図書も入ってくることになります。しかし、私が問題にしているのは、「有害図書という法的な概念」として問題にしているわけです。「わいせつ」という刑法的な概念と「有害図書」という概念ということです。
検察官:175条において、「有害図書」にあたるものも包括的に規制をうけるのではないかと思うのですが。
証人:私は、今の日本の法体系を前提とするかぎりは、それはできないと思います。すなわち、有害図書というのは18才未満以外には合法に販売できますが、わいせつであれば全ての人に販売できないわけです。

「有害図書」規制を受けているから「わいせつ物」ではない、という論法は、これまでのわいせつ裁判では行われなかった斬新な論法だ。
「18才未満禁止」を命令するということは、同時に「19才以上に許可」を意味する。行政が公に許可したものをあらためて「禁止」することには矛盾が生じる。

検察官:話が少し戻りますが、先生は大人であれば漫画を見て興奮するひとはいないのではないかということでしたが、それは先生のお考えですか?
証人:そうです。
検察官:根拠はなんでしょうか?
証人:私自身が興奮しないからです。
検察官:…先生のお立場上、漫画をよくご覧になるのでそのような意識が若干あるのではないですか?
証人:それは若干あるかもしれませんね。毎月有害図書指定をしているので。ただ、検事さんがおっしゃるようなことで言いますと、現に「有害図書」の指定を受けているものがたくさんあるんです。そういうものも、写真集を見ないような人にとっては非常に刺激的なものなんです。具体例をあげると、週刊ポストとか週刊現代とかを見ますと、ヘアヌードがいっぱい載っていますよね? あれを初めて見る人にとっては非常に刺激的だと思うのです。それと同じように、有害図書指定されている写真集も、ほとんどそういうものを見ない人にとっては大変刺激的な内容になっています。個人が刺激的かどうかということで考えていくならば、今の有害図書指定制度そのものの前提を考え直さなければならないと思うのですけど。

基本的に検察官は現行の秩序に依拠し権威に従うらしい。
地方条例とはいえ、全国的に施行されている制度そのものに挑戦し否定するのかと言われ、そうだと開き直れる根性はないようだ。
検察官はしばし沈黙し、質問を変えてくる。

検察官:まあ、本件の漫画ですが、これが成年向けに2万冊印刷されています。こういうものの需要があるのはどうしてだと思われますか?
証人:私は法律学者ですので社会学や心理学はわかりませんが、やはり、性の問題というのは人間にとってコントロールすることが難しいのではないかと思うのです。
検察官:ということは、大人の中には漫画を見て興奮する人もいるということですね?
証人:いるとおもいますよ。いると思いますが、今合法的に出回っているヘアヌード写真集とかアダルトビデオとかのほうがもっと興奮すると思います。
検察官:漫画ですと、想像をかき立てられるという部分があると思いますが。
証人:これは私の持論なんですけど、日本というのは、戦後の刑法学の影響もあると思うのですけど、御承知のように30年〜40年代あたりから刑法で行為不可知論というのが優勢になりまして、それに対して結果不可知論という考え方が反対に出てきたわけです。結果不可知論の立場に立つ方々は、わいせつの問題についても、わいせつは規範的な概念だからできる限り事実レベルに還元しなければならないと主張を繰り返してきて、それがかなり説得力を持ってきたということで、わいせつの問題についても、具体的に「ヘアが見えているのか」とか「性器が見えているのか」とかの事実の問題に、わいせつの問題を還元してしまうのですが、私はわいせつというのは性器が見えているとか見えていないとかではなく、性的ないやらしさを醸し出すものがわいせつであると思っているわけです。175条はわいせつ文書も取り締まっているわけですから、性器が見えているかどうかと言うことは関係ないわけですね。それに、現実に流通しているアダルトビデオもあれはモザイクがかかっているから合法的だということなのですけど、モザイクがかかっていることで余計、イメージをかき立てる部分があると思うのですね。私の友人でドイツの法学者が、アダルトビデオとか雑誌とかを見て、日本のビデオは情緒的な作り方をしていてイメージをかき立てるので、ああいうビデオの作り方の方が危険であるという指摘をしておりました。ですから、性器が見えているかどうかは、そんなに重要ではないのではないかと思っております。

園田氏は、175条の目的からしても「性器露出の有り無し」はわいせつの定義とは関係がない、という主張をしている。
後に検察官からこの部分を突っ込まれることになるのだが、『蜜室』のわいせつ性を論争していくうえで、この部分は欠くことができない。
これまで出廷した証人たちの証言によって「性器がアミカケを通して認識できる」という認識はほぼ確定しつつあった。
もしも裁判官が漫画と実写を同列視するなら、「性器が見える」という一点だけで有罪判決を言い渡す可能性は大いにある。
それに対して刑法学的な視点で反論していくためにも、175条の法益からして、性器露出を基準にすべきではないとしたと言える。

検察官:こちらの『蜜室』は性器の結合部分にモザイクが若干かけてあるわけですが、これが仮にモザイクがついていない場合ですと、わいせつに当たるわけですか?
証人:必ずしもそうではないと思います。全体の作品の雰囲気で、わいせつを判断すべきであると考えています。
検察官:その雰囲気とはどういったものでしょうか?
証人:確かに『蜜室』はいやらしさは充分表現されていると思いますし、私もいやらしいと感じます。
検察官:でもわいせつとは呼べないと。
証人:はい。それは何故かといいますと、単体でみたらどうかということなのですけど、現に有害図書として指定しているもののなかにはこれ以上のものがかなりあるんですね。そういうものと比べてどうかという判断をしますので。もっとひどいものでも有害図書としているという現実がありますので、『蜜室』がわいせつかという判断を聞かれれば、わいせつではないと言わざるを得ない。
検察官:有害図書指定をしているなかで、わいせつ物として扱うべきではないかというお考えはないのですか?
証人:それはなかにはそういうものはありますよ。これはいかにもひどい、有害指定はできないというものも年に何件かあります。先ほども申し上げましたように、そういったものは有害指定の判断を留保して、府警本部に持ち込むようにしています。

証人は自治体の検閲機関が「合法」であるとの認可を与えていることに加え、175条そのものの摘発にあたる治安機関=大阪府警を持ち出す。

検察官:府警本部ではどのような判断をしていますか?
証人:府警本部では非常に消極的なんですね。つい最近は、写真誌のなかに幼稚園児くらいの裸の写真がありまして、現行の児童ポルノ処罰法に照らし合わせて明らかに児童ポルノだと思うのですね。それでそれをそのまま府警本部に持ち込んだのですが、府警本部は「非常に関心を持ちました」という返事を得ましたけれど、その後それが捜査されたという話は聞いていません。
検察官:その後確認はされましたか?
証人:確認はしていません。有害指定もしていません。
検察官:その雑誌は流通しているのですか?
証人:流通しています。雑誌ですからすぐに売り切れるとは思うのですけどね。

審議会が「わいせつ物の可能性がある」と持ち込んだ書籍を、大阪府警は「お目こぼし」していたのだ。
つまり、園田氏と審議会の判断は、警察機関よりもわいせつ物に厳しい判断をしていることになる。
その「厳格な」審議会で、漫画は問題になったことすらなかったのだ。
不利を悟った検察官はふたたび質問を変えた。

検察官:インターネットのお話が出ましたが、それによってわいせつの考え方が異なってきているとおっしゃっていましたが。
証人:調査をしたことはないのですが、ごく普通に動画が出てきますので。例えばgooとかYahooとかの検索のためのホームページがあるのですが、そこで「ポルノ」という単語で検索をかけますと、何十万件というページがでてくるわけですね。それをマウスでクリックするだけで、それが画面に大きく表示されるわけですね。非常に簡単にそういう情報が入手できるという状況で、当然国民のわいせつに対する考え方も変わる、変わらないほうがおかしいだろうとおもいますけど。
検察官:インターネットでそういった画像を見たくないという人はどうなっているのでしょうか?
証人:有害情報の規制につきましては、発信規制という方法と受信規制という方法の2つの方法があるのですが、ネットの世界では、発信を規制するというのはほとんど不可能なんですね。何故かといいますと、ネットでは全世界がつながっていまして性の基準については高いところもあれば低いところもありますので、いろんな情報が混じりあってしまう。だから日本で違法だからといってアメリカのサイトを閉鎖するわけには行かないということで、発信を規制することは非常に難しい。ですから、受信側でコントロールしましょうという考え方が主流になっています。これをフィルタリングと呼んでいますけれど、最近は大阪府の条例が改正になりまして、大阪府青少年健全育成条例のなかで、公の場所で使っているインターネットの端末についてはフィルタリングをしましょうというふうに条例が改正されて、7月から施行されます。それについては大阪府警もフィルタリングを推奨しているという事情もあります。
検察官:大人になるまでは見たくない見せたくないという人たちもいますので、そういう人たちがいる以上は規制をする必要があるんじゃないかという議論もあると思うのですけれどね。
証人:そういう考え方もあると思うのですけど、175条の解釈論として、見たくない人の利益を守るのが175条であるという学説もないことはないのですけれど、私は少なくとも現行法の解釈論としてそういう考え方をとることはできないですね。つまり、175条は販売行為も処罰しているわけですから、見たくない人に見せた人だけを処罰するわけではないですね。見たい人に売ったとしても処罰されるわけですから。175条の解釈論としては「見たくない人の利益を守る」という考え方はとれないと思います。つまり個人的法益に還元するという考え方なんですけれど、それはとれないと思いますね。

西村検察官はインターネットの話題をもちだし、園田氏の証言を突き崩せないまま質問を終えた。
前回の宮台氏相手のときもそうだったのだが、西村検察官は相手が「偉い先生」だと何故か過剰なくらい下手に出る。本当に俗物なんだねえ。
その後を継いで、別の検察官が立ち上がって質問を続けた。
彼は、権威に屈せず、舌鋒鋭く問い詰めるタイプの検事だ。

検察官:検察官××のほうから伺います。先程、インターネットのお話のお話がでましたが、最初の方では「インターネットによってわいせつの差し示す事実が変わっている」とおっしゃって、検察官の質問では、「変わっていくだろう」というふうにおっしゃったと思うのですが、現実にはどのようにお考えですか?
証人:統計の上では日本の人口の3人に1人がインターネットをやっていると。それだけインターネットが普及していますので、まあそういった社会調査はやったことがないですけど、私の考え方では、10年前に比べて性に対する日本人の考え方は大きく変わったと言っていいんじゃないかと。
検察官:大きく変わった、という考え方でよろしいですね。
証人:はい。
検察官:3人に1人という話がありましたが、それを前提にしましても、ええと、過半数ではない。しかもわいせつなサイトにアクセスする人はさらに少なくなると思うのですが、その点に関してはどうですか?
証人:多数決で議決する問題でもないと思うのですけれど。インターネットを度外視しても、書店でも堂々と週刊誌などに写真が載っていますし、関西ですと非常にえげつない夕刊紙がありまして、それをサラリーマンが電車の中で読むわけですけども、かなり性についての受け取りかたは変わっていると言えるんじゃないかと。

舌鋒は鋭い。だがイマイチピントがぼけていた。

検察官:…受け取りかたは変わっていると。では、漫画について「実写でないからいやらしくない」と、そのようなことを言われましたね?
証人:はい。
検察官:でも後半では「全体の醸し出す雰囲気がわいせつかどうかを決める」と言っています、これは矛盾じゃないですか?
証人:えーと、矛盾するとおっしゃいますと?
検察官:実写であるからいやらしいというのと…
証人:実写であるからわいせつであると理解していますが
検察官:「醸し出す雰囲気がわいせつだ」ということは矛盾しないんですか?
証人:えーと、必ずしも矛盾しないと思いますけれども…矛盾しますかね?
検察官:実写であるイコールわいせつであると。
証人:実写であるということが、わいせつである場合が多い、ということですが。
検察官:先生…あー証人は、漫画、あるいは小説で、わいせつにあたるものがあると思いますか?
証人:漫画とか小説でですか?
検察官:そうです。175条に該当するものがということです。
証人:えーと。まあ実際には見たことがないですけれど、理論的にはあるんじゃないですか?
実際には見たことがない? 先生が、いろんな有害図書指定に関わってこられて、そういったものは見たことがないと。
証人:漫画ではないですね。審議会にもちこまれたケースで漫画ではないです。
検察官:小説ではありますか?
証人:小説はそもそも出てこないです。
検察官:ということはないということですか?
証人:少なくとも小説は有害図書の対象にはなっていないです。
検察官:なるほどね。先生としては有害図書に該当するような小説は見たことがない?
証人:ないですね。
検察官:チャタレイ夫人もわいせつではないと?
証人:私は個人的にはわいせつではないと考えます。
検察官:先生はそもそもわいせつだと感じるのはどういう精神のシステムだとお考えですか?
証人:いやあ、それは…
検察官:ああ、質問が悪かったですね。常人は性器をみてわいせつだと感じますね。でも産婦人科医は感じない。そう仮定した場合、それはどうしてだと思いますか?
証人:うーん。なんででしょうね。
弁護人:異議有り。質問の趣旨がよくわからないです。
裁判長:検察官は質問を変えてください。
検察官:ええと、それではですね。全体に一度確認しますけれど、小説では、ええと、繰り返します。

予定が狂ったのか、彼の質問は途端にしどろもどろに。
彼は、学者様の「矛盾」を突いて、一本取った!とでも思ったのだろうか。おそらく、「シチュエーションがイマジネーションをかき立てるなら、漫画でもわいせつになりうる」と誘導するために、産婦人科の話を持ち出したのだろうが、あまりに怪しすぎる質問に弁護側から異議を唱えられ、質問を撤回させられたのだ。

検察官:証人が全体に醸し出す雰囲気がわいせつだと思われる媒体は何ですか?
証人:典型的なのは、ビデオとか写真だと思います。
検察官:漫画とか小説が「醸し出す雰囲気」のある、わいせつ物は存在しないと?
証人:しうると思います。
検察官:わいせつという、精神的なシステムですね。先生がおっしゃいました「イマジネーションをかき立てる」ということであれば、写 真であろうが、漫画であろうが、イマジネーションをかき立てられると思うのですが。
証人:それは受け取り手の力量にもよると思うのですが。たとえば、英語で書いてあるポルノ小説は、英語が読めない人にとってはイマジネーションをかき立てられようがないわけですから。ところが、写 真とかビデオの場合は、見ただけで刺激がくるわけですから、インパクトが違うと思うのです。漫画の場合もそうですね。
検察官:漫画もインパクトが大きいということですか?
証人:いや、漫画も実写に比べてインパクトが低いということです。
検察官:漫画ですと、ディフォルメして、例えば性器を大きく書いたりして、より刺激的にすることは可能だと思うのですが。その点どうですか?
証人:うーん。そのへんは大人の判断で、ディフォルメだということは解るわけですから、そういうことだと思うんですよね。ビデオとか写真とかだと、そのままズバリですから、イメージかき立てようが無いわけですけど、絵でディフォルメして書いてある、或いは文章で表現してあるというのは、話の世界なんだというふうに受け取るとおもうんですけど。
検察官:それは、イマジネーションをかき立てるということではないんですか?
証人:それはかきたてられるんですけれど…。
検察官:では、わいせつを感じるんですか?
証人:わいせつを感じる、ということでは無いと思うんですよね。
検察官:では何を感じるのですか?
証人:性的なものを感じると思うのですけど
検察官:性的興奮を感じるということですか?
証人:はい。ただし、実写の方がインパクトはきついということです。
検察官:実写を越える小説なり漫画なりはありえない?
証人:そうですね。
検察官:この成年コミックという規定がされているのですが、これは誰に対して販売されているのでしょうか?
証人:多分、18才以上の者が販売対象になっていると思うんですけど。
検察官:としたら、どうしてこれが18才以上に売れると考えますか?
証人:ええと、18才以上の者ならば、問題がないからだと思いますけれど。
検察官:いえ、販売の意図です。どうして買ってくれるかということです。
証人:どうでしょうね。そういうものを読みたいという人がいるという見込みの上で販売がされていると思いますが。性的なストーリーを読んだりする人がいるだろうという見込みの上で販売されていると思うのですけれど。
検察官:それは、性的興奮を感じたい人が買って読むとしてよろしいのでしょうか?
証人:そうでしょうね。

ところで、人に何かを質問するだけでも、質問者の価値観や世界観はかいま見えたりするものだ。
注目したいのは
「漫画ですと、ディフォルメして、例えば性器を大きく書いたりして、より刺激的にすることは可能だと思うのですが」
という点。
彼は性器がおっきいのが好きらしい。

最後に弁護側から補足質問がされる。

弁護人:有害図書として指定されているものは、大人に向けて販売されているものですね。
証人:そうです。
弁護人:それの多くは性的な内容のものですね?
証人:そうです。
弁護人:それを求める人は性的な刺激を求めて買うわけですよね?
証人:そうです。
弁護人:でもわいせつではないわけですね?
証人:はい。

弁護人:それと、インターネットなのですけど、見たくない人という問題で、検索エンジンで検索をする場合、自分で見ようと思わないかぎり、そのサイトにぶつかるときというのはあるのでしょうか?
証人:ええと、たまにありますね。例えば掲示板などで、悪戯でそういうところのURL0を書いている、それをクリックすると、ポルノが出てきたというのはありますけれども、普通 ポルノサイトは見たい人が見ていると思います。
弁護人:あと、性に対する考え方が、変わるのか、変わりつつあるのかということですが、過去と現在を比べれば、変わっているわけですよね?
証人:そうですね。
弁護人:現在と未来を比べれば、変わりつつあるということですね?
証人:そうですね。
弁護人:『蜜室』のを購入するものは、性的な刺激を求めて購入しているということについてですが、わいせつの3要件でいう「徒に性欲を興奮させる」ということでは無いですね?
証人:そうですね。徒に、というのは、ことさらに、ということですから、そうではないと思います。
弁護人:審議会で、コミックがわいせつに当たると判断されたことが無いとおっしゃられましたが、他の審議員から、これはわいせつに当たるのではないかという意見がでたことはありますか?
証人:少なくとも、コミックについては無いですね。

弁護側の補足尋問によって、検察側がいくらか掘り崩した、おおよその疑問点は解消されたように思える。
最後に、裁判官からの質問がされた。
前回宮台氏に噛み付いた裁判官だが、今回も嫌がらせのような意味不明な質問をはじめた。

裁判官:確認なんですが、証人は刑法175条は合憲だとお考えになっていると理解してよろしいのですね?
証人:はい。合憲だと考えております。
裁判官:それから、3要件説はどうかと、だから、わいせつなんていう不明確な概念は無いと。
証人:不明確をどう考えるかということですけれど、3要件については規範的要素ですから、説明しても明確にはならないわけですから。刑法には他にもそういう定義はいっぱいありますので、例えば230条の名誉棄損でも、名誉というのは具体的評価であると定義しますけれど、それも非常に不明確ですね。ただ、定義が不明確であると言ってしまうと、刑法学自体が成り立たないと思います。
裁判官:確認しますと、わいせつを理解するにあたって3要件説というのは妥当であると?
証人:はい。そのように考えています。

この人物を見ていると、法と権威への絶対的な忠誠をわめき立てる中世の異端審問官を想像させられる。
園田氏は単に175条の法解釈と運用の問題を論じただけなのに、「175条に忠誠を誓うのか?」のような質問をぶつけたのは、彼が証人に対して特定の予断を抱いているからにほかならない。
傍聴席から見るかぎり、園田氏の証言は非の打ち所のない完璧なもののように思える。
だがその一方で、裁判官のファナティックな態度に、この裁判の行方に広がる一点の暗雲を見てしまう。
そしてその不安を裏打ちするかのように、中谷裁判長は、その任意性に疑問が指摘されていた検察側証人の調書の証拠採用を認めてしまった。





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※尚、このレポートはメモ及び記憶を元に作成されており、あくまで公判のイメージを伝えるためのものですので、多少の記述の食い違いは御容赦ください。
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※制作は児ポ法改悪阻止青環法粉砕実行委員会が行なっています。



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