第7回公判 弁護側証人尋問
〜その4〜

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証人:ええーあのー…これは要するにですね、幼児の男の子、をモチーフにした、ポルノグラフィックの一種です。
弁護人:その特徴はなんですか?
証人:幼児の男の子であれば、裸を描いたりとか、セックスシーンを描いたりとかですね。一種のホモセクシャルなかたちで展開することの多い、ポルノグラフィックです。
弁護人:その描写での特徴はありますか?
証人:ええと、ご覧になれば解りますとおり、我々漫画などを見慣れた者にとっては、一見少年に見えるわけなのですけれど、よくよく見てみますと、たとえば男性の生殖器だけが成人のものであったりとか、あるいは動物の耳が生えていたりとか、さらには実在の少年とは異なったものに描かれてることが解ると思います。

弁護人:これが先ほど言われましたマスタベーションファンタジーなのでしょうか?
証人:まさしくそうで、ベクトルが違うという話に還元しますと、ショタと呼ばれるジャンルの愛好家は、いわゆるホモセクシャルではないのですね。日常的にはヘテロセクシャル、つまり異性を愛し異性とセックスのできる性的嗜好を持った人たちがファンタジーの世界においては少年が凌辱されたりとか、そういうファンタジーでマスタベーションをすることができます。
そういうものに対して性的な反応をするからといって実際に少年が好きかというとそうでもないということですか?
この図像が、2ページ目のほうを見ていただければわかりますが、実在の少年とはかけ離れた身体をもっている、ありえない身体をもっている、こういった図像を見た場合ですね、実在の少年とセックスをしたいという欲望が喚起されることは極めて難しいと言えます。

しかし裁判官たちは、これらの作者と読者がたいてい女性であるって事実は共有されているのだろうか?と思う。
そんなことは当然という前提で証言しているように思うのだが、そのあたりから説明しても良かったのではないか。
山口弁護士は手元の資料をめくって、尋問を続ける。
その次のページは実に刺激的な内容だった。

弁護人:同じく3ページ目を提示します。これは、革命政府広報室発行の「見物小屋ノ少年タチ」のコピーです。これもショタというジャンルに属するものなのでしょうか?
証人:そうです。これもショタのひとつですね。
弁護人:ここに出てくるのは明らかに人間とはかけ離れた、芋虫に近いようなものなのですが、こういったものにも性的反応を示したりするのですか?
証人:ええと、まさにそういうことです。それがマスタベーションファンタジーたる所以になりまして、これは極端な例として、少年ジャンルでも、もはや人間とは呼べないような、一種の奇形の生き物として描かれているのですが、こういうものに嗜好をもつ青年にとってはマスタベーションファンタジーたりうると思います。
弁護人:こういうものは実際存在しないのですね?
証人:えー、実際存在するわけが無いのでして、あの、まあ、顔はデフォルメされていますが、人間のようなのですけど、身体はそうではありません。例えば、この絵が実在のものに対する性的欲求を刺激するとして、それがこういった奇形の少年に向かうのか、あるいは芋虫に対して性欲が向かうのか、純粋にファンタジーとして完結していると考えるのが最も説明としては簡潔で合理的だとおもいます。

…芋虫?
裁判長が実に微妙な表情で見つめているその内容が何なのか、傍聴人は気になってしかたがなかった。
その内容はこれだ。まさに見てびっくり。
ただ、ここまで来ると一種の美的要素を感じる。

添付資料を見たい方はこちら
(注意:性行為そのままを描いた同人誌の1ページです。かなりマニアックで猟奇的なので重ねて警告)

弁護人:顔がディフォルメされているとありましたが、どのようにディフォルメされているのでしょうか?
証人:これは日本のアニメーションやコミックスにだいたい共通して言えることなのですけど、まず目が極端に大きく円盤状に描かれている、逆に口元は非常に小さく、鼻もちょんと添えられる程度の描かれ方をすることが多いです。

弁護人:登場人物のキャラクターの背後に実在の人間を見てしまうことはないのですか?
証人:『蜜室』の絵柄は、さきほどのものに比べればまだ現実のものに近いかもしれませんが、デフォルメがかなり加えられていることは間違いないと言っていいとおもいます。ある程度日本のアニメーションやコミック表現に慣れていないと、感情移入しにくいと思います。『蜜室』もアニメ絵と呼ばれる、アニメーション的にデフォルメされたキャラクターになっていますので、それが現実の女性に対する欲望を喚起するということは極めて困難だと思います。
弁護人:アニメーション的なデフォルメとは何ですか?
証人:先ほど少し触れましたように、瞳が非常に大きく描かれていることや、手とか足とかが平坦に描かれている、それから髪型が現実にはありえないような、そこにネコの耳がついていたりしてですね。現実的はありえないような描かれ方をするのがアニメ的デフォルメだと思います。

弁護人:ところが世間では、有名な例ですと宮崎勉事件などですが、空想の世界に入り込んでそれでは満足できなくて犯罪に至るという例が引き合いに出されるのですが、その点についてはどうかんがえますか?
証人:この点については、宮崎事件の背景から離しておきたいと思います。宮崎勉事件が象徴的な意味合いを持ったのは、いわゆるオタクに対するネガティブなイメージを定着させたことだと思います。オタクという言葉は、1983年に、ライターの中森明夫という人物が、主にアニメファンの青年を指して命名した言葉なのですけれど、当時は多少暗い若者という程度の揶揄的な意味合いを込めた一種の蔑称として使われてきた言葉なのですけれど、それが徐々に浸透していって1989年に宮崎勉による連続幼女誘拐殺人事件が起こります。その時彼の趣向であるアニメとか、コミックマーケットというオタクの交流するマーケットに出店していたことで、彼のオタク的な部分が一気にクローズアップされたという経緯があります。この事件以降、オタク的な趣向を持つ若者がペドファイル、性犯罪者の予備軍であるというような誤解がまかり通ってきたのですけれども、それが90年代になって、岡田斗司夫、大澤幸をはじめとするさまざまなひとの論説によって、オタクというのは必ずしもそういう性的な倒錯傾向を秘めたものではない、もう少し幅広いものなのだという認識がされはじめ、次第にネガティブなイメージは払拭されはじめたという…
裁判長:あの…今、名前を挙げた方の漢字を言っていただけますか?

証言を中断し、斉藤氏は「オカダは岡山の岡に田んぼの田…」と一字ずつ解説する。

証人:私自身も著書のなかでオタクと呼ばれる青年の定義をしているのですが、オタクと呼ばれる人々の特徴のひとつは、虚構、ファンタジーに親和性が高いということ、もう一つは、自分が愛着するものを所有するときに、実物を所有するのではなく、愛着物を利用したファンタジーを作ることによって、それを所有しようという欲望を秘めているということです。
第3点として、ファンタジーのレベルにいろいろなレベルがあります。例えばひとつの作品があったとして、その作品の内的な世界のレベル、その作品が成立しているパッケージや作家のラジオといった、これも一種の虚構なのですが、そういったファンタジーに対するレベル、さらにその作品を分析する評論といったファンタジー、そういった様々なファンタジー文脈があるのですが、そういった物に対するセンスが、非常に発達していると私は考えています。
第4点として、ファンタジーに対して性的欲求を感じることができること、これがオタクと呼ばれる人の最大の特徴だと考えております。古い言い方で言えば倒錯、フェティシズムなのですけれど、我々の社会は価値観の多様化に伴ってだれもが何らかのフェティシズムを持っているといえますので、倒錯と言ってもそれほどマイナーなものではありません。
虚構それ自体に性的欲求を感じ虚構によってそれを処理し満足することができる、つまりアニメーションによってマスターベーションが可能であり、それによって現実の女性をなんとかしようと考えることをしないのがオタクの特徴だと思われます。
あと、オタクというと、マニアと混同して、何かを集めている人何かを愛好している人、これをオタクと言ったりマニアと言ったりしているのですが、例えば、チョウの図鑑があるとしますね? そのチョウの図鑑を見てチョウを集めようとするのがマニア、チョウの図鑑だけで満足するのがオタクだと、その違いを御理解いただければマニアとオタクの違いは解ると思います。さらに性的な要素で言えば性的な図像で性的な満足を得ることができる若者のことで、こういった若者が1970年以降、大量に出現したことは定説になっていまして、私は42歳ですが、私などは第1次オタク世代といった表現をされることがありますが、それはまさに私たちが共有体験としてアニメやコミックスにさらされてきた結果としてそういった共同体が出現したと言えると思います。

弁護人:今、オタクが増えてきたとおっしゃいましたが、人口比からみるとマイノリティーなのですか?
証人:ええと、そうですね。引きこもり人口は100万人前後と言われていますが、オタクと呼ばれている人々は、コミックマーケットに集まる人数が延べ人数ですが20万人と言われていますので、それから推定すれば引きこもりの人口以上は存在するのではないかと思いますが、それをマイノリティーと呼んでも過言ではないとおもいます。

弁護人:コミックマーケットとは何ですか?
証人:コミックマーケットとは、先程資料で提示しました同人誌と呼ばれるもの、同人誌とは何かと言いますと、先程オタクは虚構に親和性が高いといいました、虚構に親和性が高いとは何かといいますと…

こんなにも「外界」は隔絶されているのだということを再認識させられる象徴的なシーンといえる。
コミケとは何か?を1から説明する「オタク」と、逆に同人誌なるものに初めて触れた「一般人」。
その垣根は高く、ミゾは深い。
中略して話をすすめる。

証人:元の作品を利用して、そのパロディーを作る、あるいはその登場人物を利用して別の物語を作ると、オタクのネガティブイメージに結びつきやすいのは、元の作品を利用してポルノグラフィーをつくる、元はそういった性的要素がない作品の登場人物に性的、凌辱的行為をさせて別の物語を作る、これが同人誌の定義です。
こういった同人誌を作るサークルが何万と存在して、こういったサークルが自分たちの作った同人誌を売買する場として年に2回開かれる一種のお祭りが、コミックマーケットとよばれる同人誌の即売会です。

弁護人:虚構への親和性という話がありましたが、実写に比べて、アニメやコミックに反応する層は少なくなるのでしょうか?
証人:かなり少なくなると思います。

弁護人:『蜜室』の場合、性器やのその結合部分が大きくクローズアップされて描かれ、消しが薄かったりするのですが、それでもオタクではない、一般の人は刺激されないのでしょうか?
証人:こういった図像というのは日本の春画以来の伝統がありまして、春画とか枕絵と言われるジャンルというのは、御存じのとおり、性的な、性器の部分が相にデフォルメされて描かれることが多いというのが1つの特徴であるけでありまして、こういった図像表現というものは、ある程度そういたものの読み方、そういったものの見方を学習していなければ、直接的には刺激を受けにくいものだと思います。
いささか古い話になりますけれども、森鴎外の「ヰタ・セクスアリス」の中にも、幼少時に春画を目撃して、何の絵だかよく分からなかったと、局部が異常に大きく描かれているために、それがどういう姿勢でどういう行為をしている絵なのかがよく分からなかったという描写が出てきますが、正にこれは、読み方、見方を知らない者がいきなりこういった絵を見たとしても、直接的に欲望を喚起されるとは限らないということを示したエピソードだと言っていいと思いますけれども、それも、先ほど触れましたように、二次元上のデフォルメとして、1つの文法としてある在り方だと思います。
更に言えば、今、春画、枕絵について触れましたけれども、ロンドン大学のブルネイギャラリーのタイモン=スクリーチという研究者が「春画 片手で読む江戸の絵」という本を書いており、講談社から出ておりますけれども、この本の中で彼は、春画というのは要するに江戸時代の庶民の自慰の素材として流通したと。実際にそういう浮世絵を見ながら自慰行為をしている絵が引用されているわけなんですけれども、この伝統というのは、正に、今の二次元ファンタジーを利用してマスターベーションをするオタクの世界に引き継がれていると私は考えております。

弁護人:オタクと呼ばれる人口というのは、日本の人口においては圧倒的大多数ではなくて、やっぱりマイノリティであるということですか?
証人:そうですね、そう言っていいかと思います。

弁護人:この『蜜室』という本は2万冊ぐらい流通しているのですが、購入者層の大部分というのはいわゆるオタクと呼ばれる特殊な人たちだということでしょうか?
証人:絵のスタイルからして、私は、この絵によってそれなりに性欲処理ができる能力といいますか、素質を持った人はやはりオタクと呼ばれる人口の中に含まれると考えております。

弁護人:ということは、これはもともと一般人を相手にしたポルノグラフィとは言えないと、そういうことですか?
証人:先ほど触れましたように、この『蜜室』の絵柄というのは私から見て相当程度アニメ的なデフォルメが施されておりますので、その時点で既に消費者層としてはオタク的な青少年を想定していると考えております。

弁護人:起訴状を見ると、性器部分などが露骨詳細に描写されとあるんですが、『蜜室』の性器のかかれ方というのはリアルなんでしょうか?それともデフォルメされているんでしょうか?
証人:もちろん、先ほど触れましたように、極端にサイズが大きく描かれているとか、身体的な比率が非常にアンバランスになっているとか、そういったことも含めて、我々解剖学を学んだものからすれば極めてアンリアルなファンタジックな絵であるとしか言いようがないものだと思います。

今回弁護側が立証したかったのは
・『蜜室』はオタクなる特定一部向けである→したがって社会そのものを揺るがすことはない
・オタクはエロ漫画だけで自己完結する→したがって実在の女性を襲うことはない
という2点だけだ。

まとめてしまうと、実にどうってことのない内容である。
これだけの内容を説明するのにここまで話が膨らんだ意味をどのように評価するべきか、ここでは判断しない。
ただ、中谷裁判官にとって、おそらく実に斬新な異世界をかいま見た経験であったことは疑うべくもない。

弁護側の尋問が終わると、裁判長は審理再開までに、なんと1時間近くもの休憩時間を言い渡した。
…なんというか、お疲れさま。



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※尚、このレポートはメモ及び記憶を元に作成されており、あくまで公判のイメージを伝えるためのものですので、多少の記述の食い違いは御容赦ください。
※転載は自由です。
※制作は児ポ法改悪阻止青環法粉砕実行委員会が行なっています。 また、制作に当たり匿名の方の協力をいただきました。



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