第7回公判 弁護側証人尋問
〜その5〜

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長い休憩時間を挟んで、裁判が再開される。
その冒頭、山口弁護士が立ち上がり
「もう少し追加で聞きたいことがあるのですがいいですか?」と発言する。
裁判長は「いいですよ」とそれを認め、弁護側の証人尋問の延長戦がはじまる。
立ち上ったのは岡本弁護士だった。句読点ごとにしっかりと区切って話す独特の語り口で彼は尋問をはじめる。

弁護人:弁護人岡本から伺います。先ほど、精神病理学的視点とか精神分析的視点というふうにおっしゃったんですが、具体的には何をどのように分析する視点のことなんでしょうか?
証人:英語圏では主に精神病理学という言葉はサイコパソロジーと言いますけれども、これはサイコアナリシス、精神分析学とほとんど同義語として使われておりますから、同じような言葉として理解していただければよろしいかと思います。それはフロイトに始まる長い歴史がありますので、その詳細にわたることはお話しいたしませんけれども、ごくごく簡単に御説明いたしますと、人間の表層的な行動には深層的な動機であるとか欲望であるとかトラウマであるとかいったものが想定されるという前提に基づいて、様々な解釈とかその解釈に基づく治療を行うとか、そういう営みをする学問というか技術です。

弁護人:先ほど、多重見当識という言葉をおっしゃられたんですが、その言葉のベースに精神医学用語の二重見当識という言葉があるわけですね?
証人:はい。

弁護人:この二重見当識という言葉を分かりやすく言うとどういうことなんでしょうか?
証人:分かりやすく言いすと、2つの現実を生きるということになります。
具体的には、統合失調症、かつての精神分裂病ですけれども、その患者さんが、例えば自分は天皇家の高貴な出自であるといったような妄想、血統妄想を抱きがらも、看護婦さんに指示されると素直に従って掃除をしたりとか、そういう一見したところ矛盾した行動を取ることがしばしばあります。
その愚者さんは、患者さんとしての日常という現実を生きると同時に、自分の強固な血統妄想の世界をもう1つの現実として生きているわけです。これを、精神医学用語で二重見当識と言います。私は、それを引用する形で、オタクの場合はもっと現実の層が多層になっている、ファンタジーの層を含めて、リアリティーを感ずることができる層が多層になっているという意味で多重見当識という表現をしました。

弁護人:先ほど、引きこもりは100万人ぐらいでオタクはそれ以上いるとおっしゃられましたが、これはオーバーラップするものですか、別の存在なんですか?
証人:引きこもりといいますのは、定義上、半年以上家族以外の親密な対人関係を持たない人のことを指しております。その点から言いますと、オタクと言われる人たちは、自分たちの共同体の内部においては大変社交的であったりとか活発であったりとか、先ほどコミックマーケットのところで触れましたように、同人誌というものはそもそもサークル単位で製作することが多いわけです。そのサークルの仲間うちとの交流も、例えばコミックマーケットは8月にあるわけですけれども、今はその直前の時期ということで非常に忙しく交流をしたりとか連絡を取り合ったりとか、むしろ一般の平均的な青少年以上に社交的という説もあるぐらいですから、趣味、嗜好として一部重なるところはあるかもしれませんけれども、オタク的活動ができる人はその時点で既に引きこもりではないと言っていいかと思います。

弁護人:マニアとオタクの違いについて、マニアは物を集めるなどの実体を持つものへの嗜好性を持つけれども、オタクは虚構として更に虚構を上乗せしていくとしうようなことをおっしゃられましたよね?
証人:そうです。

弁護人:具体的にはどういう行動をするんでしょうか?
証人:具体的にオタクの虚構化の行動を説明いたしますと、1つはフィクションをただ読んで満足するのみならず、そのフィクションに基づいて別の、自前のフィクション、同人誌を作ると。これが、オタクの消費行動の典型と言っていいと思います。
これは、物語を作ることに限らず、その作品の批評をする、あるいはその作品の裏事情について友達と語り合うといったことも含めて、私は、オタクという人たちはそういう虚構を更に虚構化することで消費することができる、そういう人たちとして理解しております。

弁護人:そうすると、その虚構の中の女性は実在の女性と関係が断ち切られているので、オタクは性犯罪に関してはむしろ安全な集団というふうにみなすことができるわけですか?
証人:そのことは、例えば先ほど例に出ました宮崎勤事件、これが1970年代後半に始まるオタクの歴史の中でほとんど唯一の例外と言ってもいい事件であったことからも言えるんではないでしょうか。その母集団としてのオタクという人たちは、先ほど御説明しましたように、100万人単位で存在する可能性が高いと。それにもかかわらず、その中で性犯罪率は著しく低いという現実がある以上、オタクの虚構親和性なるものが性犯罪をさすものではないということの1つの証明になっていると、私は考えております。

弁護人:宮崎事件以降、オタクが引き起こした性犯罪として報道されたものは何件ぐらいあったんでしょうか?
証人:私は、宮崎事件すらオタクの犯罪とは考えておりません。
宮崎勤被告人にしても、本来的なペドファイルであるとか、あるいは鑑定の結果で言うように分裂病質人格であるとか、そういった問題を当初から抱えた上でオタク的嗜好を2次的に持つに至ったというふうな理解ですから、オタクである資質が犯罪に結び付いたケースとは考えておりません。宮崎事件以降、私が知る限り、オタクの犯罪と報道されたものは2例ほどありましたけれども、そのいずれも先ほどの例で言えばもともとそういうマニア的な実体思考、つまり現実の女性の代替物としてゲームなりアニメなりを利用していた人による犯罪という印象、本人は見ておりませんから印象に過ぎませんけれども、報道された資料に基づく限りはそういう印象を持っております。

追加尋問での弁護側の意図は、前半でのポイントのひとつだった「オタクはエロ漫画だけで自己完結するから実在の女性を襲うことはない」ということの補強だった。
斉藤氏の著書にも登場する「二重見当識」という用語を使って「空想世界でのフェティシズム」と「現実世界の性生活」は別次元で入り交じることなく脳内同居しているということの説明を計り、「オタクは性犯罪者予備軍」「その代表としての宮崎勤」という一般認識へ反論を試みている。
そしてようやくこの後、検察官の反対尋問がはじまる。
のだが、やっぱりどこか、何かが噛み合わない今日の法廷であった。


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※尚、このレポートはメモ及び記憶を元に作成されており、あくまで公判のイメージを伝えるためのものですので、多少の記述の食い違いは御容赦ください。
※転載は自由です。
※制作は児ポ法改悪阻止青環法粉砕実行委員会が行なっています。 また、制作に当たり匿名の方の協力をいただきました。



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