第7回公判 弁護側証人尋問
〜その6〜

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ようやく後半戦、攻守入れ替わって検察官の反対尋問がはじまる。
それにしても、弁護側の証人が登場してから、彼の口数はずいぶんと少なくなった。
反論する必要がないと考えているのか、反論するだけの技量がないのか、
おそらくその両方なのか。

検察官:えー、先ほどから伺っておりますと、『蜜室』のようなコミック本はそもそも一般人に対して性的な欲求を起こさせるものではないというのが先生の御主張ですか?
証人:そうです。

検察官:根拠としてはどんなことがあるということになるんでしょうか?
証人:1つはアニメ絵の影響、アニメそのものと言ってもいいのかもしれませんけれども、漫画の中でも特に顔を中心として誇張が著しい図像表現ですから、その図像表現によって性欲を刺激されるためには、かなり小さいころからそういった図像にさらされている、一種のトレーニングを受けている、あるいは一種の学習をしているという文脈がなければ、そもそもそういう欲望を感ずるということが起こりにくいと。それからもう1点、通常メディアを利用して性欲を喚起する場合には、一般的にはやはり写真であるとかアダルトビデオであるといったポルノグラフィ、実写に基づくポルノグラフィのほうがはるかに効率が高いわけで、わざわざこういう漫画という効率の悪い方法で一般の人が性欲を喚起する必要がないと。この2つの方向があります。

検察官:一般の人が性欲を喚起する必要がないとおっしゃいましたが、可能性として全くないということなんでしょうか?
証人:全くないという断定はいたしませんが、極めて起こりにくいと私は感じました。

検察官:そうしますと、漫画というのはそもそも性欲の喚起に結び付くような衝動を起こすようなことがないという前提なんでしょうか?

弁護人:異議があります。検察官の質問の前提がはっきりしません。証人が先ほどから言っているのは「一般人について」ということなんですが、検察官の質問の前提を明らかにしていただきたいのですが。

検察官:コミック漫画のようなものですけれども、こういう漫画はそもそも性欲を喚起するということはないというふうな理解なんでしょうか?
証人:漫画が全く性欲を喚起しなければ、いわゆるエロ漫画といったようなものは存在し得なかったわけですから、それは違うと思います。私が申し上げているのはコミック、エロ漫画と呼ばれるジャンルの中でも更に特殊な表現領域について、今日は言及しているわけです。

検察官:そうすると、先ほどからのオタクというジャンルの集団ですけれども、こういうものに属する人間というのは性的な刺激を受けるという理解なんですか?
証人:虚構に性欲を見いだし虚構そのものを性欲の対象にし得るという点では、そのとおりだと思います。オタクのような特殊な、限られた人たちにのみ性的な刺激を与え得ると。

検察官:本件『蜜室』のような漫画は、そういうふうな理解でしょうか?
証人:私は、大筋ではそのように理解しております。

西村検察官が立証しようとしているのは、おそらく「『蜜室』が性的に刺激を与えるものであるかどうか」というレベルのことなのだろう。オタクという層に対して、性的刺激を与えるものだという証言を引きだせばそれでよいと考えたのだろう。

検察官:これは一般人に対しては性的な欲求を喚起する可能性が低いということですけれども、これは、他に実写とか写真のようなものがあるので一般人はそちらのほうで性的な刺激を受けると、そちらで感じるからということですか?
証人:漫画という手段にわざわざ迂回しなくても、今は実写に基づくポルノグラフィが大量に存在するわけですし、アダルト・ビデオも容易にレンタルできるという状況がある以上、特別な嗜好を持たない人がわざわざこの種の漫画によって性欲を喚起するということは起こりにくいと思います。

そして、「オタクを性的に刺激するもの」はオタク以外を興奮させないのか?と畳みかけている。これに対して「オタク以外も性的に反応するよ」と答えれば、それだけで『蜜室』はわいせつ物たりうる要素を持つことになってしまう。

検察官:そうしますと、『蜜室』の漫画、ご覧になっていると思いますけれども、この性器の部分とか結合部分にはぼかし、網掛けが入っていますけれども、何のためにそのようなことがしてあると理解されていますか?
証人:漫画表現のそういった業界内事情については、私は専門家ではありませんのでよく分かりません。何かそういう業界内のお約束があるのかもしれませんけれども、それについては分かりませんので一応コメントできないと申し上げておきます。

検察官:そもそも必要ないんじゃないかというふうなお考えなんでしょうか?
証人:必要ないというのは、網掛けがということでしょうか? その必要性については、先ほど申し上げましたように、特殊な約束事なのかもしれませんので、私のような門外漢がその必要、不必要について言うべきではないと思います。

そして、わいせつ物たりうる図画の中で、性器が露出しているものが摘発されているという現状を持ちだして「性器の出ているエロ目的の図画である『蜜室』はわいせつ図画だ」と言いたいらしいのだ。
裁判の後、弁護士会館のロビーで行われている支援者への説明会で、斉藤氏は「どこまで伝わっているかわからない」と言うようなことを脱力気味に吐露していた。
確かに、特にこの日は極端に、弁護側の証言意図と検察側の反証はどこまでも擦れ違っていた。
検察側が斉藤氏のオタク論に反撃しなかったのは賢明なのだろう。専門家の土俵でケンカをしても勝てるはずもないわけだし。
西村検察官どんなに見当外れだろうと、とにかく相手の所には出向かず手の届くテリトリーをがっちりと固めるという「ひきこもり戦術」をこの後もとり続けることになる。

検察官:『蜜室』のような漫画が社会に流通することについては、どのようにお考えですか?
証人:もう少し限定して聞いていただかないと、よく分からないんですけれども。

検察官:『蜜室』のような漫画、こういうものが仮にオタクというジャンルの人たちの手に入ったとして、その後、それ以外の人たちのほうに流通するというふうなことについては、どのようなお考えでしょうか?
証人:オタクという人たちの中に手に入ったとして、そこからそれ以外の人にどんどん流通するルートがあるとは、私は考えておりません。オタクという人たちについての1つの特徴として申し述べたいことは、彼らは大変社交的ではありますけれども、それはオタクと呼ばれる人たちのサークル内に限定されることが多いので、どんどんそこから一般のほうに漏れていくと、入手した漫画を一般のほうに流していくと、そういうルートは極めて少ないか、ないものと私は考えております。

検察官:『蜜室』のような漫画を求める層というのはオタクのようなジャンルの層だと、一般人はこういうものを求めないんじゃないかということもあるんでしょうか?
証人:私はそう考えております。

検察官:一般人が欲するようなことはないと、そうすると欲求を喚起することもないんだと、こういう理解になってるんですか?
証人:この図像を理解し、それを適切に理解することによって性欲を喚起するためには一定の学習と能力が必要であることは、先ほど述べたとおりです。それは、オタクと呼ばれる人たちにとってはもう完全に板についた作法ですから全く問題ないわけですけれども、一般的な人がこれによって性欲を喚起するのは、何度も言いますように、著しく効率が悪い。そういった効率が悪い行動をあえて取る理由がないと思いますので、一般的な人には開かれていないと思います。

検察官:今述べられているのは、臨床経験に基づかれてということになるんでしょうか?
証人:一般の人のエロ漫画消費に対する臨床経験は持っておりませんので、それについては何とも申し上げられませんが、私が言えることは、引きこもりの中のオタクでない層、それからオタク的な層、それからオタクの一部を占める患者さんについてはある程度お話しすることができると思います。その範囲内でお答えさせていただくのであれば、正に私は今日はその経験からお話ししていると言ってもいいんですけれども、オタク的な嗜好を持たない青年がこういった漫画によって性欲処理をしているという事実は、臨床上はありません。

検察官:先ほど、先生が臨床の経験を多数持っておられると言われたのは、引きこもりの関係ということなんでしょうか?
証人:そうです。

検察官:引きこもりというのは社会的接触を自ら避ける、あるいは接触ができない、そういう人たちのことということでよろしいんでしょうか?
証人:はい。家族以外に社会的接触を一切持たないまま、期間を限定しているんですが、一応6か月以上経過した人は社会的引きこもりと定義しております。

検察官:仮に、そういう人たちが性的欲望を覚えたからといって、一般人に比べて社会的に何か行動に移るという可能性は一般的に低いのではないですか?
証人:極めて低いと思います。

検察官:先ほど、この『蜜室』について、いわゆるエロ漫画の中でも特殊な領域に属するというお話でしたが、どういう点が特殊なんでしょうか?
証人:一番特殊だと思われるのは、特に絵柄の点が特殊だと言っていいと思います。絵柄については、先ほど御説明しましたように、いわゆるアニメ絵と呼ばれるアニメーションのスタイルからの影響を受けた絵になっていると思います。通常のエロ漫画というのは、どちらかと言えば従来劇画と呼ばれた表現、技法の範疇で描かれることが多いように思うんですけれども、この絵に関してはアニメの影響下にあると考えられますので、マーケットとしてはオタク的な若者を想定していると考えました。

検察官:それを、劇画あるいはアニメというものをより言葉で説明するとどういう形になるんでしょうか?
証人:劇画といいますのは従来の漫画に対してよりリアルと思われる表現として出発しているわけです。もちろん、そこにも特有のデフォルメは含まれているんですが、我々の感性としてはこちらのほうがよりリアリティーが高い。影が付いていたりとか、ボリューム感があったりとか、あるいは漫画的に顔や表情が余り誇張されていないとか、そういった比較の問題において相対的にリアルと感じられる絵が劇画と私は理解しております。そういう比較的現実をリアルに写し取ったと想定される絵の文脈があるとして、それを劇画と呼んでるわけです。
アニメ絵というのは、再び漫画の文脈に戻って特に顔とか表情の部分を極端にデフォルメした絵柄のことを指してアニメ絵と言っております。

検察官の質問は以上で終わる。
最後に弁護側から幾つかの補足の尋問が行われ、裁判長が次回の日程を言い渡し、閉廷になる。
基本的にはお互いに射程距離外で砲撃戦を展開したような印象の裁判だったように思える。

もしも検察官が隠れオタクだったら、斉藤氏の証言をひっくり返す為に「聖コスプレ学園」の店員さんを呼んできて「いかにオタクが現実と空想の区別がついてないか」に関してめいっぱいしゃべらせたかも知れないなと思ったりしたのだが、そんな面白すぎる展開には幸いにしてなりそうにない。
白髪の裁判長が目をしばたかせながら「ショタというのは何ですか?」と尋ね、実はオタクばっかりな傍聴席がそれをコントだと捉えたことが今回の公判を象徴しているかもしれない。
傍聴人がどっと笑ったとき、裁判長は自分が笑われたと考えて落ち込んだかも知れないけれど、結局のところあれは単にオタクの自嘲だったのだろう。


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※尚、このレポートはメモ及び記憶を元に作成されており、あくまで公判のイメージを伝えるためのものですので、多少の記述の食い違いは御容赦ください。
※転載は自由です。
※制作は児ポ法改悪阻止青環法粉砕実行委員会が行なっています。 また、制作に当たり匿名の方の協力をいただきました。



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