第8回公判 弁護側証人尋問
〜その11〜

ひとつ前の記事へ

 わいせつ物規制をめぐるこれまでの動き、流れ、今日の状況が、ほとんど余すところ無く語り尽くされ、表現の自由を考えるにあたっての第1級の資料とも言うべき証言がされたのではないかと思う。
ここで岡本弁護士から山口弁護士にバトンタッチがされ、こんどは今回の『蜜室』に踏み込んで証言を求めていくことになる。
 奥平氏は先の証言の中でもしきりに取り上げていたように、「権力の弾圧」ということには極めて厳しいスタンスを取っている。
山口弁護士はここにからめて、今回の警察の捜査手法そのものが戦前の内務省と同じだ、という証言を轢きだしてゆこうとする。
  ところが、これが意外な反応をひきだすことになる。

弁護人:弁護人山口からうかがいます。表現の自由についての考え方なんですが、表現の自由の考え方と現実の捜査実務についてちょっとお聞きしたいと思うんですが、まず今回「蜜室」が摘発された際、出版社の倉庫にある「蜜室」及びビューティ・ヘアという作家なんですけれども、この人の関連作品を全部警察が押収していってしまったんですよ。このような運用について、先生はどのようにお考えですか?

証人:最初、そのような問題があり得るだろうと思ったけど、今のような御質問を自分自身ちょっと今考えてみると、捜査、押収、そして次には逮捕ということになるのを僕たちは意外に軽く考えている傾向があると思う。
 意外に軽く考える傾向というのは、どっちみち裁判所で裁判で判定してくれる、一番最後には第三者の公平な裁判があるということを確保するための前提としての行為だからというので、この行為を言わば警察の実務の中であり得る事務的な処理の仕方として考えてくる傾向があったと思う。
 けれども、よく考えてみると、僕なら僕が、警察が入ってきて、あなたはわいせつ出版物を出版した疑いがあるからと言って、僕のうちをガサり、そして僕のところからいろいろな関連する物品を持っていくということ、それで最終的には今度は逮捕状が出て逮捕になるということは前段階であり、初歩的なことであるけれども、当該個人にとっては、被疑者あるいは被告人にとっては、ものすごい公権力の行使なんですね。すさまじい公権力の行使なんですよ。
 1日、2日でもって片付けられる程度に捜査、押収をすることが出てくる。それで、そのことが持っている、権力を行使するという問題を僕たちは手続のうちの初期の段階から軽視してしまったことが、ものすごくあるんじゃないかというふうに思います。ただ事務的な流れとしてやっていることだとそれに関係する人たちは思うけれど、当事者から見れば、あるいはそれを市民の社会の論理に乗せて考えたら、ものすごい、すさまじい物理的な事実の行為ですけれども、やっぱり公権力の行使であると。  
 それにふさわしい手続がやっぱりあっていいんじゃないかと。そのふさわしい手続が何か分かりませんけど、もっといろんな理屈があるんでしょう。
 今までそういうことは当然に許されることだと考えてきたし、本件の場合でも、きっとそういうことがあり得るかもしれないなとすれば、そのこと自身が、そういうやり方がやっぱり法的評価に値するんじゃないか、わいせつかどうかということの前提問題として思います。


弁護人:証拠保全という観点からいけば「蜜室」という本を1冊持っていけば十分だと思うんですよ。にもかかわらず、全部持っていってしまうという点について、先生はどのようにお考えですか?

証人:その点も含めてなんですよ。今までチャタレー夫人以前からもずっとそうですけれども、わいせつ裁判があるときに、沖縄から北海道に至るまで書物がさ−っと消えてなくなってしまうということは、一体法的根拠は何なのだろうかということについて、残念ながらこれでございますという法的根拠はないと思います。
 そのやり方は内務省の警保局がやっていたことがそのまま乗り移っていて、刑事裁判のときでもそのままやってしまうと。もの自体を判定するんだからということで、ですから今御指摘のような証拠保全という観点、公判を維持する目的というようなことはもう二の次、三の次。それ自身を社会的に流布すること自身をある意味で公権力の行使をしてしまうということなら、証拠物品として1冊ありゃいいというのは御指摘のとおりである。
 それからまた、あとはどのようなマーケットにどのように乗せたかということ、お客さんはだれかということについてのある種の情報が必要であれば、それは証拠品であり得るかもしれないけれども、全作品あるいはまたそれに関連する作品を全部持っていく、その法的根拠は何かと問われると、よく分からない。


弁護人:ありがとうございます。時間がないですが、もう少しだけ。今、内務省警保局と言いましたが、内務省警保局が戦前、出版法、新聞紙法のときは、一担当官の判断で事実上動いていたと、そういう理解でよろしいでしょうか。

証人:そうです。全くそうです。

 そしてここからが、実は今日の山口弁護士的には、一番の主題になる。はっきり言って今回の奥平証人の尋問とはほとんど関係がない(そのことはもう少しあとで裁判長がしっかり釘をさすのだが)内容で、最近になって弁護側が入手した新証拠を証人尋問にかこつけて放り込んできたのだ。

弁護人:現在、今回の摘発においても、結局、特に第三者の意見とかを聞くのではなくて、警視庁生活安全部保安課の一警部補、これは真庭さんという方らしいんですが…。

検察官:異議があります。その証書につきましては同意しかねます。

あわてた検察官は、すかさず腰を上げて異議を申し立てる。
異議を出されたら反論をしないといけない。
一気に荒れてきた法廷に、膨張席の面々の眠そうな瞳が色めき立つ。
まあ誰だって、「ためになる良いお話」よりも「殺伐とした喧嘩」のほうが見てて楽しいに決まっているわけで。


弁護人:えーとこれはあのですね裁判長。まず出どころを申し上げます。これは既に罰金刑が確定しております被告人について、確定記録の謄写 請求をして入手したものなんです。

裁判長:あのお、この一連の捜査の流れの中での記録ということなんですか。

弁護人:そういうことです。それで、その捜査過程において、捜査当局のほうがどのような基準というか、人の意見を聞いて、本件「蜜室」をわいせつだと判断して、まあ、捜索、押収若しくは逮捕状請求という強制捜査に及んだかと、その過程を示す調書としてのコミック誌検分結果 報告書という捜査報告書なんですが。

裁判長:何号証の話をしておられるんですか。

弁護人:これは弁37号証です。

裁判長:37号証…ですか?

弁護人:はい。つまり、本日提出予定のもので…

裁判長:それと、この証人との関連性はどこにあるんでしょうか。

弁護人:あー、つまりここにおいて、判定手続の中身とかが書いてありますので、それを見ていただいた上で、判定実務の内容というのが果 たして憲法論的に見てどうなのかということについて証言していただく上では、やはりこの調書を見せほうが的確な証言が得られると思いますので。

裁判長:あの、そこまでの必要性があるのかどうか…つまり今日の御証言を伺っていると、あくまでも憲法論を抽象的に御議論いただいているわけでしてね、そういう具体的な生の事実を、この証人に御判断いただくというのは、今日の証言内容に照らすと、そこまでの必要性、関連性はないんじゃないかというふうに思いますので、具体的な内容ではなくて、弁護人のほうである程度抽象化させて、証人にお聞きになれば、それで十分なんじゃないでしょうか?

弁護人:ですと…しかしあの、捜査の過程の具体的な、つまりわいせつであるという捜査当局の一次的な判断をした過程について証言を聞く上で、こういうことがなされているということは、やっぱり書面 を見せたほうが…

 一応事情の概略を説明しておくと、ここで取り扱いが問題にされているのは、『密室』が立件される前段階、「投書」を元に警視庁が捜査に乗り出して検挙を決めた平成14年の8月中旬の警視庁生活安全部保安課の「捜査報告書」だ。
ビューティーヘア氏と高田氏の罰金刑が確定して出てきた「新証拠」なのだが、弁護側がこれを入手したのはおそらく7月1日以降で、ロフトプラスワンでの松文館裁判イベントの以前と思われる。この日が一応弁護側の立証の最終日であったので、この日の証人尋問で無理やりにでも持ち出さないと他に立証の機会がなかったのではないだろうか。

そんな事情とは関係なく、裁判長は客観的に「そんな具体的話は必要ないでしょ」と言い、山口弁護士はなんとかして「捜査報告書」をからめようと言い訳を考えている。
そんな事情を絡めながらやり取りを追っていくと、理解がしやすいかもしれない。

裁判長:いや、ですから、それは証拠化できるんであればともかくとして、どうやって証拠化されるんですか。

弁護人:証拠ですか? 一応取調べ請求予定ではあるんです。

裁判長:書証として取調べ請求されるわけでしょ?

弁護人:書証というか、そういう物の存在自体ということでもよろしいんですが…

裁判長:存在自体としても、それ自体、証拠としての証拠価値はどこから出てくるんですか。つまり通 常ですとね。

弁護人:はい。

裁判長:証言の中に物が現れて、証言の内容をより具体化させるものとして関連性、必要性が出てくるわけですけれども、これは本来は純粋の証拠書類ですよね。それを単に証拠物として取り調べて、本件の関係でどういう証拠的な意味があるんですか?

弁護人:本件との関係というのは今回…

裁判長 つまり、どういう形で本件での証拠資料になり得るとお考えなんですか。つまりあくまで証拠物とおっしゃるんであれば、単にそういうものが存在したというだけでは、つまり中身に入らないで、証拠物として取調べ請求されるということであれば、それがどういう形で本件の証拠資料になるんでしょうか?

弁護人:つまり、第三者もしくは諮問のようなことをせずに、警視庁の一係員が該当書籍がですね。

裁判長:ですから、それはあくまでこの証拠書類に書かれたことが真実である、このとおりのことが行われたということを前提に主張、立証されるわけでしょう。しかし、証拠物である限り、単に単体として、この書類があるからといって、そういう証拠にはならないんじゃないですか。ですから、そういう形での証拠資料となり得るという見込みがあるならともかく、現段階ではそういう見込みがない以上は見せることは不相当だと思います。

弁護人:一部撤回します。書証という形での取調べ請求をするという予定では駄 目でしょうか。

裁判長:いやですから、書証であれば、検察官に御意見を伺って、同意される見込みがあれば、それは可能だと思いますけれども。どうされますか。

弁護人:一応、書証という形で証拠調べ請求はいたします。

「書証」というのは証拠書類のことで、弁護側、検察側がそれぞれ裁判所に提出するものなのだが、このとき相手側が「その証拠に同意しない」と言えば、裁判官はその証拠書類を見ることはできない。その場合はその証拠書類に関する証人を呼んできて証言をさせ、それを元に裁判所は判断を下すことになる。
今回の例で言えば、検察側は始め柏木氏や安藤氏の供述調書を証拠として提出したが、弁護側はそれに不同意とし、改めて柏木氏や安藤氏を召還して証言をさせたようなケースだ。

裁判長:検察官、どうされますか。

検察官:不同意です。

 西村検察官の反応は山口弁護士にとって予想外だったようだ。警察が作った書類に検察が「証拠として認めない」とは普通 は言わない。なぜ不同意といったのかは定かではないが、これだけその報告書に弁護側が拘泥したことで、何かしら裏に意図があると踏んだのかもしれない。
このあとしばらく山口弁護士と西村検察官による、感情的なやり取りが続く。


弁護人:期日を取っていただけるのであれば、不同意であれば不同意ということで、該当の方を呼んできて、しゃべっていただくという形でも構わないんです。検察官、不同意の理由をお聞きしたいんですが、ここに書いてある内容は真実でないという理由で不同意ですか。

検察官:いえ、本件に立証上、無関係だという意味で。

弁護人:立証上というか、つまり本件と関連性がないという意味なんですか。

検察官:必要ないということです。

弁護人:つまり関連性がないという理由で不同意なんですよね。つまり内容の真実性について争われるわけではないんですね。つまり伝聞法則との関係で不同意というふうに言われているのか、それとも、単純な関連性の問題を言っているんですか。伝聞法則との関連性で不同意と言われるんであれば、それは内容が真実と異なるという話を前提とされているとしか思えないんですが、いかがでしょうか。

検察官:両方ですね。捜査の過程を明らかにしただけでありますから、詳細をメモったわけじゃありません。あくまでも結論を書いてあるだけですから、その結論に至るまでの経過については全く記載がありませんし、署名もされてませんので、不同意です。

弁護人:じゃ「蜜室」がわいせつだというふうに認定したという過程について、何も書いてない。しかし、この結論が違うというふうに言われるんですか。

検察官:そんなことは言ってません。必要ないということを言っています。

弁護人:必要ないの意味を問題にしているんです。関連性の問題なのか。それとも伝聞法則の…

検察官:立証上、必要ないと申し上げています。

弁護人:じゃ内容の真実性について争われるわけではないわけですね?

検察官:立証趣旨によりましてですね。

弁護人:裁判長、本件との関連性については私が先ほどから申し上げているとおりなんですよ。それで検察官のほうとしては御異議を出されているようなんですが、それはあくまでも関連性がないという、関連性というのは直接関連性がないという趣旨であって、内容が真実ではないというですね…

検察官:そんなことを言っているわけじゃありません。そもそもこの書類は検察官が証拠請求したものじゃありませんので、つまり立証上、必要なものだという判断して請求したわけじゃありませんので、それを弁護側から請求されることと自体が…

弁護人:なんでいけないんですか。手元にある資料を請求するのは別に自由じゃないですか。

検察官:証拠に使うために閲覧したんですか。

弁護人:え?何がいけないんですか?

裁判長:ちょっと議論が不毛になっていますから、いずれにしても現段階、検察官不同意というお話ですから、証拠等になる見込みのないものだと思いますから、不適当だと思います。控えてください。

弁護人:分かりました。じゃ質問を変えます。…今回、捜査当局のほうで「蜜室」がわいせつ図画に該当するという判断をした根拠というのが、結局どうも警視庁の一警部補の判断であるというようなことなんですが、そのような運用については。

検察官:異議があります。前提が立証されてないんじゃないですか。

質問を変えてもやっぱり同じ話を持ち出す山口弁護士。さすが、というかなんというか。
この間、奥平氏は証言台で弁護士と検察官の喧嘩をぼーっと眺めなから待たされ続けている。


裁判長:その前提が裁判所としては正確性については確認しようがありませんから、この事件うんぬ んということではなくて、抽象的な範囲内であれば可能ですけれども。

弁護人:じゃ一般論として、警視庁の一担当官が「蜜室」がわいせつ図画に該当するかどうかということについて判断して、実際に摘発などが行われるというプラクティスについて、先生はどのようにお考えになりますか。

証人:僕は実務の詳しいことは全く存じませんで、想像を交えながらお話しすることになると思いますが、プラクティスとして、第一線であればあるほど、ある一定の基準を、何らかの形で持っているだろう、持っていなければおかしいというふうに思う。
そのときに何が描かれているか、対象物は何か、どのように描かれているかといったことが抽象的な基準としてあって、それを第一線の警察職員が基準に照らして、これはどうかということを判定するという仕組みになっていると理解するわけです。
 それを前提として理解した場合、これは陰部を描写しているとか、あるいはこれは性行為そのものを書いているという対象物があると思う。それがあって、これは余りにもひどいよとか、露骨、詳細、具体的だという意味での基準化されたマニュアルがあるんだろうと思います。でないとおかしい。
そういうマニュアルの世界での判定ということを考える場合に、多分その枠組みで、例えば、これは性器を余りにも露出に書いている、余りにも詳細に書いているということをとるとします。そうしますと、これは駄 目だよという判定に至る場合に、そういう判断基準について、前のやつに比べたらという、比較が行われていると思う。それを熱心にやると仮にします。まじめに事務手続をやったとします。
 けれども、これが持っている憲法上のおかしさということを考えたいわけですが、「許される性器の描写 」というものが仮にあるとするならば、前のやつは、これに比べたら露骨じゃなかったよねというふうに判断する。それで私の職務は終わっているということの積み重ねがずっと最後まであるんだろうと僕は思うわけです。
自分の職務に与えられた基準を適用するということで振り分けた結果が、国家の行為、許される国家の行為と許されない国家の行為というものの判定をするということが、全部捨象されているわけですね。全部捨象された上で、判断基準だけを適用する。これはおれの職務だというふうに考えることの積み重ねが僕はわいせつ規制の積み重ねになっているというふうに思う。
 事務的にささっとやって「制度ってそういうもんですよ」と。さっきからお話ししているように、その制度自身が持っている問題性をどう考えるかということはまた別 問題であって、僕のような憲法研究者は、制度の中で過不足なくやっているからいいというふうにはならんと。憲法なんて、そんなもんだろうと。制度自体が持っている意味を根本的に表現するということが憲法学というものの役割じゃないかなと。

弁護人:先生にお話を伺ってきましたが、結論として、刑法175条というのは、現行憲法の21条に照らして、果 たしてこれは存在し得るものなんでしょうか。

証人:だから法的構造として、チャタレー夫人以降、これが法の内容だと考えられた、法の公正ということのどの点をとっても、これはやはり憲法に適合しないと。
175条の法条それ自身を成り立たしめている様々な体系ですね、今最後にお話ししたようなプラクティスも含めて、構造からすると、合憲的に説明できないという意味では、法条自体が違憲だというふうにならざるを得ないのではないかと。
 そうすると、組替えをする必要があるのですが、どのように組み替えるかは、憲法学が指示することではないわけですから、立法者の判断をある程度見込みを立てて発言するとすれば「すみ分けの理論」。すみ分けをすることによって、読みたい人の自由ということを最後の最後までどのように保障し、かつ同時に読みたくない人の自由やあるいは社会のある種の環境を保全するという役割、公の役割を果 たすかということについて、そういう問題なんだということを前提とした立法論があるべきだろうというふうにしか言えません。

こうして奥平氏への主尋問は終わった。
休憩を挟んで後半戦、検察による反対尋問が行われる。


次の記事へ



※尚、このレポートはメモ及び記憶を元に作成されており、あくまで公判のイメージを伝えるためのものですので、多少の記述の食い違いは御容赦ください。
※転載は自由です。
※制作は児ポ法改悪阻止青環法粉砕実行委員会が行なっています。 また、制作に当たり匿名の方の協力をいただきました。



inserted by FC2 system